栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

神は愛です

栃木県今市市にある今市キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「神は愛です」でした。

神から与えられた最高のもの、それが「愛」です。

しかし、人は、聖書のいう愛を実践することはできません。
人間の力では全ての人を真に愛することができないのです。

「愛は寛容であり」
「愛は親切です」
「人をねたみません」
「愛は自慢せず」
「高慢になりません」
「礼儀に反することをせず」
「自分の利益を求めず」
「怒らず」
「人のした悪を思わず」
「不正を喜ばず」
「真理を喜びます」
「すべてをがまんし」
「すべてを信じ」
「すべてを期待し」
「すべてを耐え忍びます」

聖書の1コリント13章4-6節に書かれている愛です。
これだけのことを全ての人にできる人はいないでしょう。
この、愛ということはどういうことかと知るときに、私たちの力は無力だと思うのです。

しかし、イエスキリストはこの愛を実践した人です。
そして、イエスキリストを知り、神様にイエスキリストのようになりたいと祈ることで、人はこの愛を実践できるものに変えられていくのです。

自分の力ではできない、しかし、神様ならそれが可能です。

神様により頼み、自分が愛の人に近づいていきたいと思ったひと時でした。

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本当に大切なこと

栃木県足尾にある足尾キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「神の前に富む人生」でした。

外から他の文明、文化が入ってくるとその地域の人々の生活ががらっと変わってしまうことが多々あります。
それまで、蓄えるという考え方がなく、その場で取れるものをみんなで分け合い、助け合いながら仲良く生活していた部族がいました。
外からの文明が入ってきて、蓄えることを身につけ、持っている者と持たない者とがでてきたため、分け合い、助け合うという考え方が崩れ去ったといいます。

人間的に考えると便利になってよかったと思うかもしれませんが、知らないうちに神様の目からすると大切なことを忘れてしまうことがあるのかなと思います。

不要な物を持つようになり、物を持つことに貪欲になり、物を持つことのほうが、本当に大切な神様との関係よりも大切に思ってしまう。

周りに流されず、本当に大切なことは何なのかしっかりと意識しながら日々生活していかなければいけないなと思ったひと時でした。

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どんな小さなものでも用いてくれる

福島県福島市にある北信カルバリー教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「天の御国の共同体(小さい者たちのひとりでも)」でした。

ある人を、自分よりレベルが低いと思ってしまうことがないでしょうか?
そして、そのようなを見下げることってないでしょうか?

聖書は、どんなに小さな者でもイエスキリストの名によって受け入れなさいといっています。
どんなに小さなもの、一般的に価値のないと思われる人も神様は受け入れてくれ、愛してくれる。
だから、あなたもそのような人を受け入れなさい。尊重しなさいといいます。

そして、神様は、「どんなに小さな者でも、イエスキリスト、神様を信じた時、神様に大きく用いられる」と言います。

神様の言葉をしっかりと受け取り、神様に従って行くと決めたとき、神様は大きく用いてくれます。

こんな私でも、神様は用いてくれるのだな感動したひと時でした。

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本当の幸い

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「本当の幸い」でした。

長生きすること、多くの財産を持つこと、人徳を持つこと
このようなことが人間の幸せだといわれることがあります。

本当の幸せとはこのようなものなのでしょうか?
このようなものは、獲得したとたんに虚しくなってしまうことが多くあるのではないでしょうか?

聖書では、このようなものを獲得したからといって本当に幸せになるとは言っていません。
聖書では、人間は神様に創造されたのであるから、創造主である神様との関係をしっかりと保ち、離れない状態が幸せであるといっています。

自分で財産を築いたと思い神様から離れてしまう高慢な人よりも、神様に常に祈り、神様により頼んでいる、謙遜な貧しい者のほうが、幸いだといいます。

常に満腹でいる人よりも、飢えていて、常に神様に頼んでいるような人の方が幸いでだと言います。

常に笑っている人よりも、自分の罪に対して涙流している人の方が幸いだといいます。

迫害されないよりも、イエスキリストのことで迫害される人の方が幸いだといいます。

一般では不幸と思われることでも、神様に気付き、神様との関係を築くことができれば幸い、幸せであるといいます。

常に神様の関係を保つことが大切なんだなと考えたひと時でした。

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ルールの真の目的

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「安息日の主イエス」でした。

■きまりを守る
まじめな人であればあるほど、法律、ルール、きまりごとに忠実な人がいます。
また、ルールを作り、そのルールを守るためにルールを作り、たくさんのルールができてしまうことがあります。

決められたルールを守ることは大切ですが、度が過ぎるととんでもないことになってしまうことがあります。

■本来の意味から外れていく
聖書にはたくさんのルールが書かれています。
そしてそのルールを忠実に守り、そのルールを守るためにルールを作った人たちがいます。

安息日という仕事を休む日があります。ユダヤ教では土曜日です。
この土曜日には働いてはいけないのです。
そして、「働いてはいけない」というルールから、1260歩以上歩いてはいけないというようなルールを作りました。

■本来の意味
安息日というのは、本来、神様を礼拝する日です。
神様のことをしっかりと礼拝するために働かないということになったのです。

本当の目的をしっかりと考えていかなければならないなと思った一時でした。

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