栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

信仰とは

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「りっぱな信仰」でした。

聖書に、軍隊の隊長の話がでてきます。
イエス様の話を聞いて、イエス様にお願いするのです。

「ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕(しもべ)をいやしてください。」

軍隊では、隊長がしなさいといったら部下は必ずそのことをします。ですから、神様であるイエス様がいえばそのとおりになると信じているのです。

イエス様は神様です。全能の方ですからできないことはありません。
イエス様が直りなさいといえば直ってしまうことを信じていたのです。

これが信仰です。
神様がいったことは必ずかなうということを信じることです。
クリスチャンの信仰とはこのようなことなのです。

私たち家族は、来年9月に宣教師として海外に行くように神様から呼ばれました。
神様が言ったことは必ずかなうことを信じていきたいと思います。

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神は愛です

栃木県今市市にある今市キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「神は愛です」でした。

神から与えられた最高のもの、それが「愛」です。

しかし、人は、聖書のいう愛を実践することはできません。
人間の力では全ての人を真に愛することができないのです。

「愛は寛容であり」
「愛は親切です」
「人をねたみません」
「愛は自慢せず」
「高慢になりません」
「礼儀に反することをせず」
「自分の利益を求めず」
「怒らず」
「人のした悪を思わず」
「不正を喜ばず」
「真理を喜びます」
「すべてをがまんし」
「すべてを信じ」
「すべてを期待し」
「すべてを耐え忍びます」

聖書の1コリント13章4-6節に書かれている愛です。
これだけのことを全ての人にできる人はいないでしょう。
この、愛ということはどういうことかと知るときに、私たちの力は無力だと思うのです。

しかし、イエスキリストはこの愛を実践した人です。
そして、イエスキリストを知り、神様にイエスキリストのようになりたいと祈ることで、人はこの愛を実践できるものに変えられていくのです。

自分の力ではできない、しかし、神様ならそれが可能です。

神様により頼み、自分が愛の人に近づいていきたいと思ったひと時でした。

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本当に大切なこと

栃木県足尾にある足尾キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「神の前に富む人生」でした。

外から他の文明、文化が入ってくるとその地域の人々の生活ががらっと変わってしまうことが多々あります。
それまで、蓄えるという考え方がなく、その場で取れるものをみんなで分け合い、助け合いながら仲良く生活していた部族がいました。
外からの文明が入ってきて、蓄えることを身につけ、持っている者と持たない者とがでてきたため、分け合い、助け合うという考え方が崩れ去ったといいます。

人間的に考えると便利になってよかったと思うかもしれませんが、知らないうちに神様の目からすると大切なことを忘れてしまうことがあるのかなと思います。

不要な物を持つようになり、物を持つことに貪欲になり、物を持つことのほうが、本当に大切な神様との関係よりも大切に思ってしまう。

周りに流されず、本当に大切なことは何なのかしっかりと意識しながら日々生活していかなければいけないなと思ったひと時でした。

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