栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

どんな小さなものでも用いてくれる

福島県福島市にある北信カルバリー教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「天の御国の共同体(小さい者たちのひとりでも)」でした。

ある人を、自分よりレベルが低いと思ってしまうことがないでしょうか?
そして、そのようなを見下げることってないでしょうか?

聖書は、どんなに小さな者でもイエスキリストの名によって受け入れなさいといっています。
どんなに小さなもの、一般的に価値のないと思われる人も神様は受け入れてくれ、愛してくれる。
だから、あなたもそのような人を受け入れなさい。尊重しなさいといいます。

そして、神様は、「どんなに小さな者でも、イエスキリスト、神様を信じた時、神様に大きく用いられる」と言います。

神様の言葉をしっかりと受け取り、神様に従って行くと決めたとき、神様は大きく用いてくれます。

こんな私でも、神様は用いてくれるのだな感動したひと時でした。

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本当の幸い

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「本当の幸い」でした。

長生きすること、多くの財産を持つこと、人徳を持つこと
このようなことが人間の幸せだといわれることがあります。

本当の幸せとはこのようなものなのでしょうか?
このようなものは、獲得したとたんに虚しくなってしまうことが多くあるのではないでしょうか?

聖書では、このようなものを獲得したからといって本当に幸せになるとは言っていません。
聖書では、人間は神様に創造されたのであるから、創造主である神様との関係をしっかりと保ち、離れない状態が幸せであるといっています。

自分で財産を築いたと思い神様から離れてしまう高慢な人よりも、神様に常に祈り、神様により頼んでいる、謙遜な貧しい者のほうが、幸いだといいます。

常に満腹でいる人よりも、飢えていて、常に神様に頼んでいるような人の方が幸いでだと言います。

常に笑っている人よりも、自分の罪に対して涙流している人の方が幸いだといいます。

迫害されないよりも、イエスキリストのことで迫害される人の方が幸いだといいます。

一般では不幸と思われることでも、神様に気付き、神様との関係を築くことができれば幸い、幸せであるといいます。

常に神様の関係を保つことが大切なんだなと考えたひと時でした。

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ルールの真の目的

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「安息日の主イエス」でした。

■きまりを守る
まじめな人であればあるほど、法律、ルール、きまりごとに忠実な人がいます。
また、ルールを作り、そのルールを守るためにルールを作り、たくさんのルールができてしまうことがあります。

決められたルールを守ることは大切ですが、度が過ぎるととんでもないことになってしまうことがあります。

■本来の意味から外れていく
聖書にはたくさんのルールが書かれています。
そしてそのルールを忠実に守り、そのルールを守るためにルールを作った人たちがいます。

安息日という仕事を休む日があります。ユダヤ教では土曜日です。
この土曜日には働いてはいけないのです。
そして、「働いてはいけない」というルールから、1260歩以上歩いてはいけないというようなルールを作りました。

■本来の意味
安息日というのは、本来、神様を礼拝する日です。
神様のことをしっかりと礼拝するために働かないということになったのです。

本当の目的をしっかりと考えていかなければならないなと思った一時でした。

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聖書を理解する

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「聖霊が望む時」でした。
本日は特別に千田次郎先生のメッセージでした。

■聖霊を受ける
「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。(使徒の働き2:38)

聖書に書かれています。
悔い改め、洗礼を受け、罪を赦していただくと聖霊を受けるというのです。
聖霊とはイエスキリストと同じ人格を持った、同じ性質を持った霊です。

私はクリスチャンであり、イエス様を信じているのですから聖霊を受けているということなのですね。
正直、聖霊を受けているという感じはあまりありません。
しかし、このように聖書に書かれているのですから、聖霊を受けているということなんですね。

そして、この聖霊を受けると、
1.力を受け
2.神様の言葉、聖書を理解することができるようになり、
3.イエスキリストを伝えるようにつかわされる
というのです。

そうなんですね、クリスチャンになり、聖霊を受けるから聖書の言葉が分かるようになるのですね。
これは実感します。
クリスチャンにならなければ聖書は理解できないと思います。

ぜひ、皆さんもクリスチャンになり、この神様の言葉である聖書を理解し、このすばらしい神様の愛を感じてもらいたいと思います。

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