栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

取り入れるなら全てを変える

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」でした。

■いいところの一部分のみを取り入れる
他の人や、他の考え方のいい部分と思われることを一部分だけを取り入れることが多々あります。

聖書に対してもそのようなことがよくあります。聖書の箴言や聖書に書かれている文章を読んで、いいことだということでその一部分を取り入れていくことをよく見ます。

いいものを取り入れることはよいことのように思われるかもしれませんが、それでは、変わることはできません。

■全てを受け入れる
聖書の考え方を取り入れるのであれば聖書全体を受け入れることが必要だと思うのです。

ただ、これはなかなか難しいことです。聖書には人間にとって心地よいことと心地悪いことが書かれていますから。そんな固いこと言わなくてもいいじゃないの、これは私には心地悪いから不要だと言ってしまいたくなりますから。

それでも聖書の全てを受け入れてもらいたいな、そして全てを変えて欲しいなと思ったひと時でした。

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そのままを受け入れてくれる

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「罪人を招かれるイエス様」でした。

人は、外見でその人を判断したり、その人の条件を付けてその人を受け入れたりしています。

「どんな人も愛します」と言っておきながら、身なりが汚いと、「自分に合わない」「こんな悪いやつはいやだ」といってその人を拒絶してしまうことが多々あります。

しかし、聖書のいう神様は違います。
その人そのままを受け入れて愛してくれるのです。
過去に何をしたかは関係なく愛してくれるのです。

人間にとってこれがどれだけ難しいでしょうか?
罪を犯した罪びとを受け入れることができるでしょうか?

神様は、そのような人をも受け入れてくれるのです。
なぜなら神様を裏切った私たち人間のために、神様の一人子であるイエスキリストを十字架に掛けたのですから。
自分の最も大切な一人子を私たちのために捧げてくれたのですから。

そんな神様を信じ、「どんな人もそのまま受け入れ、愛する」そんな人になりたいと思ったひと時でした。

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罪が赦される

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「罪を赦す権威を持っておられる主」でした。

真に罪を赦せるのは創造主である神様だけです。
神様は今現在を見てくれます。
過去のことは関係なく、今本当に悔い改めることができれば神様はその罪を赦してくれるのです。

人間は、どんなにその時に悔い改めても過去の罪を忘れることができません。
常に過去のことを引きづります。

しかし、神様の一番の関心ごとは、その人が行った罪に対して真に悔い改めて、その人が新しい人生を始めることなのです。

自分の行った罪に対して真に赦される、神様から赦されているということを信じる時、人は、真の解放、平安を得ることができるのです。

神様に罪を赦されるということは人にとってとても大切なことだと改めて感じたひと時でした。

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神様が一番ほしかったもの

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
タイトルは、「父が一番ほしかったもの」でした。
本日は、小牧者訓練会の吉田求牧師のメッセージでした。

聖書でいう神様が一番望んでいるのは神様との交わりなんですね。

「隣人を愛しなさい」ともいっています。
いいことをすることも望んでいます。

日々忙しくしていたり、人にいいことをしていると、それらのことをしたことに満足して、終わってしまうことが多々あります。
神様のことを考えることなく、自己満足してしまうことがあります。

しかし、神様が一番に願っていること、それは、神様を一番に愛するということなんですね。
そして神様との交わりを持つことなんですね。

神様を一番に愛する、交わるといいことをしたり、隣人を愛したりするようになるのです。

まずは、神様との交わり、祈りを大切にする。
このことが大切だなと思ったひと時でした。

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