大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「悪魔の試み」でした。
http://blog.mag2.com/m/log/0000131929/
http://www.voiceblog.jp/occ_blog_center/368246.html
■神様を試したくなりますね。
○○をしたから神様がどのような褒美をくれるかな。
××をしてくれたら神様を信じます。
△△をしたら神様□□をください。
などとです。
しかし、聖書には、
『あなたの神である主を試してはならない』
と書いてあります。
■まずは、神様を信じることです。
「これだけのことをしたら神様が働いてくれるだろう」
「これだけしたのに、神様はなにもしてくれない」
などと考えないことです。
神様はただ、私たちが神様を信じ、神様に仕えることだけを求めているのです。
■私たちの望んでいるものを与えてくれるのです。
神様を信じれば、神様は私たちの考えていることではなく、私たちの必要としていることを与えてくれるのです。
以下の詩を読んで見てください。
http://www16.plala.or.jp/paula/myfavorite-kurushimiwo.html
神様は私たちの一番必要としているものを与えてくれるということです。
神様を信じて神様の示してくれた道をまっすぐに歩んでいけるようになりたいと思ったひと時でした。
本日のタイトルは、「悪魔の試み」でした。
http://blog.mag2.com/m/log/0000131929/
http://www.voiceblog.jp/occ_blog_center/368246.html
■神様を試したくなりますね。
○○をしたから神様がどのような褒美をくれるかな。
××をしてくれたら神様を信じます。
△△をしたら神様□□をください。
などとです。
しかし、聖書には、
『あなたの神である主を試してはならない』
と書いてあります。
■まずは、神様を信じることです。
「これだけのことをしたら神様が働いてくれるだろう」
「これだけしたのに、神様はなにもしてくれない」
などと考えないことです。
神様はただ、私たちが神様を信じ、神様に仕えることだけを求めているのです。
■私たちの望んでいるものを与えてくれるのです。
神様を信じれば、神様は私たちの考えていることではなく、私たちの必要としていることを与えてくれるのです。
以下の詩を読んで見てください。
http://www16.plala.or.jp/paula/myfavorite-kurushimiwo.html
神様は私たちの一番必要としているものを与えてくれるということです。
神様を信じて神様の示してくれた道をまっすぐに歩んでいけるようになりたいと思ったひと時でした。
7月24日にさいたまスーパーアリーナにて韓流コンサートが行われます。
キリスト教を知ってもらうために韓国の教会が行うコンサートです。
韓国では20%から30%もの人がクリスチャンといわれています。
その中で、もっと日本にもキリスト教を知ってもらいたいということで、無料のコンサートとなっています。
興味のある方は、ホームページを見て招待状をもらってみてください。
http://www.lovesonata.org/japan/
これを機会にキリスト教に対して身近に感じてもらえたらと思います。

キリスト教を知ってもらうために韓国の教会が行うコンサートです。
韓国では20%から30%もの人がクリスチャンといわれています。
その中で、もっと日本にもキリスト教を知ってもらいたいということで、無料のコンサートとなっています。
興味のある方は、ホームページを見て招待状をもらってみてください。
http://www.lovesonata.org/japan/
これを機会にキリスト教に対して身近に感じてもらえたらと思います。

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「主イエスのバプテスマ」でした。
■なぜ、クリスチャンになるのか、洗礼を受けるのか?
それは、
人格的によくなるため
いい人生を送るため
などと考える人もいるのではないかと思います。
何かいい見返りがないと意味がなく、損をしますからね。
■聖書は、「なぜ洗礼を受けるのか」という問いに対して、
「神様の御心がかなうため」
「神様の考えていることを実現するため」
であるといいます。
神様がいっているから洗礼を受ける、聖書を学びそのように行動するといいます。
■自分の益になるのは、結果的になるのであって、それが目的ではないのです。
クリスチャンが何かをする際には自分のためではなく、神様のために行うという考えが大切だというのです。
そして結果的に「人格がよくなり」「いい人生を送る」ことができることが多いということなのです。
まずは自分を捨て、神様が何を考えているかを確認し、行動していく。
なかなか難しいことかもしれませんが、そのようにしていこうと考えたひと時でした。
本日のタイトルは、「主イエスのバプテスマ」でした。
■なぜ、クリスチャンになるのか、洗礼を受けるのか?
それは、
人格的によくなるため
いい人生を送るため
などと考える人もいるのではないかと思います。
何かいい見返りがないと意味がなく、損をしますからね。
■聖書は、「なぜ洗礼を受けるのか」という問いに対して、
「神様の御心がかなうため」
「神様の考えていることを実現するため」
であるといいます。
神様がいっているから洗礼を受ける、聖書を学びそのように行動するといいます。
■自分の益になるのは、結果的になるのであって、それが目的ではないのです。
クリスチャンが何かをする際には自分のためではなく、神様のために行うという考えが大切だというのです。
そして結果的に「人格がよくなり」「いい人生を送る」ことができることが多いということなのです。
まずは自分を捨て、神様が何を考えているかを確認し、行動していく。
なかなか難しいことかもしれませんが、そのようにしていこうと考えたひと時でした。
金田北地区公民館の主催で親子ふれあい学級というものがあります。
息子が小学校に入学し、今回はじめての参加となりました。
■なんと筑波の宇宙センターに行きました。
バスで3時間近くかかりましたが、貴重な体験をすることができました。
往復のバス代は無料、途中の筑波エキスポの入場料大人300円のみというお得な企画です。
筑波宇宙センターと聞いて、単なる博物館か、展示場かと思っていたのですが、なんとここが日本の宇宙関係の中枢ということで、実際に実験、観測などを行っているというのですから驚きました。
見学ですので、見学コースしか見られませんでしたが、衛生を作る際に実際に使った模型であったり、これから国際宇宙ステーションの一部になる「きぼう」の実物を生で見ることができたりするなど、親子ともども貴重な体験をすることができました。
■参加したのは、7家族19人とはもったいないことだなと思いましたが、今後、折り紙教室、スポーツ教室と毎月親子で楽しめることを企画してくれているということなので、できるだけ参加したいなと思います。
皆さんも近くの公民館の親子ふれあい学級、参加してみると楽しいのではないかと思います。
部活動もいいのですが、親子のふれあい、いいかなと思います。
息子が小学校に入学し、今回はじめての参加となりました。
■なんと筑波の宇宙センターに行きました。
バスで3時間近くかかりましたが、貴重な体験をすることができました。
往復のバス代は無料、途中の筑波エキスポの入場料大人300円のみというお得な企画です。
筑波宇宙センターと聞いて、単なる博物館か、展示場かと思っていたのですが、なんとここが日本の宇宙関係の中枢ということで、実際に実験、観測などを行っているというのですから驚きました。
見学ですので、見学コースしか見られませんでしたが、衛生を作る際に実際に使った模型であったり、これから国際宇宙ステーションの一部になる「きぼう」の実物を生で見ることができたりするなど、親子ともども貴重な体験をすることができました。
■参加したのは、7家族19人とはもったいないことだなと思いましたが、今後、折り紙教室、スポーツ教室と毎月親子で楽しめることを企画してくれているということなので、できるだけ参加したいなと思います。
皆さんも近くの公民館の親子ふれあい学級、参加してみると楽しいのではないかと思います。
部活動もいいのですが、親子のふれあい、いいかなと思います。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「さらに力のある方」でした。
聖書はいいます。
人はもともと神様と一緒でしたが、神様から離れてしまいました。
今では、自分を中心に生きてしまっています。
神様は見えませんし、「自分の力で何かをやりとげる」「自分で成長する」という考え方が浸透しています。
だから「神様に祈る、頼る」と言うと弱い人と思われてしまいますし、「もっと自分を持て」といわれますし、「神様なんて、自分には必要ない」と答える人も多いと思います。
でも聖書はいいます。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3章16節)」
独り子を信じ、神様の元に戻り、神様と共に生きていこうと決断する。そうすれば永遠の命を得ることができ、心に平安を得ることができる。
ぜひ、多くの人にこのことを知ってもらいたいなと思ったひと時でした。
本日のタイトルは、「さらに力のある方」でした。
聖書はいいます。
人はもともと神様と一緒でしたが、神様から離れてしまいました。
今では、自分を中心に生きてしまっています。
神様は見えませんし、「自分の力で何かをやりとげる」「自分で成長する」という考え方が浸透しています。
だから「神様に祈る、頼る」と言うと弱い人と思われてしまいますし、「もっと自分を持て」といわれますし、「神様なんて、自分には必要ない」と答える人も多いと思います。
でも聖書はいいます。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3章16節)」
独り子を信じ、神様の元に戻り、神様と共に生きていこうと決断する。そうすれば永遠の命を得ることができ、心に平安を得ることができる。
ぜひ、多くの人にこのことを知ってもらいたいなと思ったひと時でした。
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