大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「主はあわれみ深い」でした
■不幸の原因は罪である
人は不幸になると「なんでこうなるの?」と考えますね。
人のせいにしたり、社会のせいにしたり、自分のせいにしたりとですね。
いろいろな原因を考えます。
しかし、聖書はいいます。不幸の原因、真の原因、根本原因は「罪」であるといいます。
聖書のいう「罪」=神様から離れている状態が原因というのです。
そういわれると、「罪」が原因とは、納得がいくのではないでしょうか?
「神様から離れ」神様が望まないことを考え、実行している、このことが不幸の原因ということですね。
そして、この罪を取り除くことができれば人は幸せになるというのです。
■真の原因を取り除く
表面的なことをいろいろと対策する前に真の原因に対処することが大切ですよね。
「罪」が真の原因ということであれば、「罪」を取り除かなければいけません。
その取り除く方法を聖書では、「イエスキリストを信じる」ことであると言っています。
罪をしっかりと取り除かなければなと思った一時でした。
本日のタイトルは、「主はあわれみ深い」でした
■不幸の原因は罪である
人は不幸になると「なんでこうなるの?」と考えますね。
人のせいにしたり、社会のせいにしたり、自分のせいにしたりとですね。
いろいろな原因を考えます。
しかし、聖書はいいます。不幸の原因、真の原因、根本原因は「罪」であるといいます。
聖書のいう「罪」=神様から離れている状態が原因というのです。
そういわれると、「罪」が原因とは、納得がいくのではないでしょうか?
「神様から離れ」神様が望まないことを考え、実行している、このことが不幸の原因ということですね。
そして、この罪を取り除くことができれば人は幸せになるというのです。
■真の原因を取り除く
表面的なことをいろいろと対策する前に真の原因に対処することが大切ですよね。
「罪」が真の原因ということであれば、「罪」を取り除かなければいけません。
その取り除く方法を聖書では、「イエスキリストを信じる」ことであると言っています。
罪をしっかりと取り除かなければなと思った一時でした。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「マリヤの賛歌」でした
■信仰によって救われる
聖書では、
神様から離れてしまったことを罪といい
イエスキリストが私たちの罪のために十字架にかかったことを信じることによりその罪から開放される、救われる
といっています。
そして、イエスキリストを信じる信仰のみによって神のもとに帰ることができ、本当の喜びを得ることができるとかかれています。
良い行いをどの程度したかではなく、信じることによってのみ救われると書かれています。
■自分の力によっては真の喜びはない
自分の力、自分が良い行いをしたかによって救われるかどうかが決まるのでは、どのくらい、良い行いをすればよいのか、分かりません。
いくら良い行いをしても真の喜びを得ることはできないことになってしまいます。
自分の力では終わりがないですからね。
自分が赦されるという確信がありませんからね。
■神の恵みによって真の喜びがある
神様から自らはなれてしまった私でも、神様からの一方的な恵みによる愛によって赦されるということを信じることで、真の喜びを得ることができるのですね。
神様からの恵みの愛を感じることができたひと時でした。
本日のタイトルは、「マリヤの賛歌」でした
■信仰によって救われる
聖書では、
神様から離れてしまったことを罪といい
イエスキリストが私たちの罪のために十字架にかかったことを信じることによりその罪から開放される、救われる
といっています。
そして、イエスキリストを信じる信仰のみによって神のもとに帰ることができ、本当の喜びを得ることができるとかかれています。
良い行いをどの程度したかではなく、信じることによってのみ救われると書かれています。
■自分の力によっては真の喜びはない
自分の力、自分が良い行いをしたかによって救われるかどうかが決まるのでは、どのくらい、良い行いをすればよいのか、分かりません。
いくら良い行いをしても真の喜びを得ることはできないことになってしまいます。
自分の力では終わりがないですからね。
自分が赦されるという確信がありませんからね。
■神の恵みによって真の喜びがある
神様から自らはなれてしまった私でも、神様からの一方的な恵みによる愛によって赦されるということを信じることで、真の喜びを得ることができるのですね。
神様からの恵みの愛を感じることができたひと時でした。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「将来と希望を与える神」でした
■ロシア料理
教会でロシア料理を食べました。
青年の会があるのですが、日系ブラジル人、中国系ブラジル人、中国系アメリカ人、日系アメリカ人、ロシア人、韓国人などと多国籍な会です。
その会でロシア人の女性によるロシア料理がふるまわれました。
おいしいロシア料理を頂き、感謝でした。
■試練の時にはどうするか
人が試練に置かれたらどうなるでしょうか。
気力がなくなる:どうにでもなれといって、気力がなくなるかもしれません。
現実逃避の生き方:この試練はすぐによくなるからがんばっていこうとする、現実逃避に走る。
などがあるのではないかと思います。
聖書の中でも、イスラエル人が試練の中にあった、このような状況に陥ったという話があります。
■試練の時の対処の仕方
このような試練にあったらどのように対処すればよいのでしょうか?
聖書では、次のように言っています。
その状況を認め、受け入れ、その街、その人の繁栄を求め、そのために祈る
その街の繁栄があなたの繁栄になるという考え方です。
今の境遇を受け入れてそこでの日常生活を大切にする、ということです。
また、次のようにも言っています。
神様の計画は、災いではなく、平安を与える計画であり、将来と希望を与えるものである。
人生の暗闇の時こそ神の計画を知るときである。ということを信じることであると言っています。
試練の状況を受け入れ、神様の計画と将来に希望を持ち、日々の生活を大切にしていくということですね。
どんな状況においても、神様の計画であり、将来に希望を持てっていきていけるのだな、と考えた一時でした。
本日のタイトルは、「将来と希望を与える神」でした
■ロシア料理
教会でロシア料理を食べました。
青年の会があるのですが、日系ブラジル人、中国系ブラジル人、中国系アメリカ人、日系アメリカ人、ロシア人、韓国人などと多国籍な会です。
その会でロシア人の女性によるロシア料理がふるまわれました。
おいしいロシア料理を頂き、感謝でした。
■試練の時にはどうするか
人が試練に置かれたらどうなるでしょうか。
気力がなくなる:どうにでもなれといって、気力がなくなるかもしれません。
現実逃避の生き方:この試練はすぐによくなるからがんばっていこうとする、現実逃避に走る。
などがあるのではないかと思います。
聖書の中でも、イスラエル人が試練の中にあった、このような状況に陥ったという話があります。
■試練の時の対処の仕方
このような試練にあったらどのように対処すればよいのでしょうか?
聖書では、次のように言っています。
その状況を認め、受け入れ、その街、その人の繁栄を求め、そのために祈る
その街の繁栄があなたの繁栄になるという考え方です。
今の境遇を受け入れてそこでの日常生活を大切にする、ということです。
また、次のようにも言っています。
神様の計画は、災いではなく、平安を与える計画であり、将来と希望を与えるものである。
人生の暗闇の時こそ神の計画を知るときである。ということを信じることであると言っています。
試練の状況を受け入れ、神様の計画と将来に希望を持ち、日々の生活を大切にしていくということですね。
どんな状況においても、神様の計画であり、将来に希望を持てっていきていけるのだな、と考えた一時でした。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「生きて共に歩んでおられる主」でした
本日はイースター記念礼拝でした。
イースターとは、十字架にかかり私たちの罪のために死んしまったでしまったイエスキリストが、3日目に復活したことを祝う日です。
■人は忘れやすい
十字架にかかる前にイエスキリストが弟子たちに何度も、十字架にかかった後によみがえるということを言っていました。
聖書の中では、3回もこのような復活についての話している箇所があるというのです。そんなにも復活について弟子たちに話しているにもかかわらず、実際に十字架にかかった時には、そのことを忘れてしまい、死んでしまったことを悲しんでいました。
人は忘れやすいということと、死んだ人がよみがえる、復活するということについて本気で信じていなかったのかなと思います。
■常に思い出す
大切なことは何度も思い出すことですね。
何度も思い出すことによって、習慣化し、身に付けることができるのですね。
クリスチャンの家に育つと、教会で暗唱聖句といって、聖書の言葉を覚えるということを日々行います。
聖書の言葉を覚えることによって、聖書の考え方をしっかりと身に付けるということですね。
聖書の言葉を覚え、考え方を身に付けることによって、聖書の考え方にたった行動をしっかりと取るということにつながります。
このイースターもお祭りという形を取り、思い出すことを行っているのでしょう。
毎年イースターというイエスキリストの復活を思い出し、身に付けていくということなのでしょうね。
私も日々聖書の言葉を覚え、心に刻み、聖書の考えに立った行動を取っていきたいと思ったひと時でした。
本日のタイトルは、「生きて共に歩んでおられる主」でした
本日はイースター記念礼拝でした。
イースターとは、十字架にかかり私たちの罪のために死んしまったでしまったイエスキリストが、3日目に復活したことを祝う日です。
■人は忘れやすい
十字架にかかる前にイエスキリストが弟子たちに何度も、十字架にかかった後によみがえるということを言っていました。
聖書の中では、3回もこのような復活についての話している箇所があるというのです。そんなにも復活について弟子たちに話しているにもかかわらず、実際に十字架にかかった時には、そのことを忘れてしまい、死んでしまったことを悲しんでいました。
人は忘れやすいということと、死んだ人がよみがえる、復活するということについて本気で信じていなかったのかなと思います。
■常に思い出す
大切なことは何度も思い出すことですね。
何度も思い出すことによって、習慣化し、身に付けることができるのですね。
クリスチャンの家に育つと、教会で暗唱聖句といって、聖書の言葉を覚えるということを日々行います。
聖書の言葉を覚えることによって、聖書の考え方をしっかりと身に付けるということですね。
聖書の言葉を覚え、考え方を身に付けることによって、聖書の考え方にたった行動をしっかりと取るということにつながります。
このイースターもお祭りという形を取り、思い出すことを行っているのでしょう。
毎年イースターというイエスキリストの復活を思い出し、身に付けていくということなのでしょうね。
私も日々聖書の言葉を覚え、心に刻み、聖書の考えに立った行動を取っていきたいと思ったひと時でした。
大田原キリスト教会の聖書入門講座に参加しました。
■果実一つくらい赦してくれてもいいでしょ
イブが果実を一つ食べたことに対して神様が怒り、現在の人間の姿がある。
たった果実一つくらい赦してやればいいじゃないの。
神様って心狭い方だね。
そんなことを考える人、いますでしょ。
■神様からの不従順
でも、「たった一つの果実を食べた」ことを神様が怒っているわけではないのです。
そうではなく、それまで人間の意志で、完全に神様に従い、神様と共に生きてきた。
この人間が、自分の意思で、神様の禁じたことを守る必要はないと考え、不従順になったこと、このことが問題となっているのです。
この神様に従わず、神様から離れた状態を「罪」と言っているのです。
■罪とは状態
何かを行ったという行動を罪と言っているのではなく、神様から離れているという状態を罪と言っているのです。
本来、人間は神様に従い、神様との深い関係を持つように創られたのにもかかわらず、神様から離れ、自己中心に生きているという状態を罪と言っているのです。
「たった一つの果実を食べたという行動」だけど、
「神様から離れてしまった状態」という、大きな意味を持っているのだなと感じたひと時でした。
■果実一つくらい赦してくれてもいいでしょ
イブが果実を一つ食べたことに対して神様が怒り、現在の人間の姿がある。
たった果実一つくらい赦してやればいいじゃないの。
神様って心狭い方だね。
そんなことを考える人、いますでしょ。
■神様からの不従順
でも、「たった一つの果実を食べた」ことを神様が怒っているわけではないのです。
そうではなく、それまで人間の意志で、完全に神様に従い、神様と共に生きてきた。
この人間が、自分の意思で、神様の禁じたことを守る必要はないと考え、不従順になったこと、このことが問題となっているのです。
この神様に従わず、神様から離れた状態を「罪」と言っているのです。
■罪とは状態
何かを行ったという行動を罪と言っているのではなく、神様から離れているという状態を罪と言っているのです。
本来、人間は神様に従い、神様との深い関係を持つように創られたのにもかかわらず、神様から離れ、自己中心に生きているという状態を罪と言っているのです。
「たった一つの果実を食べたという行動」だけど、
「神様から離れてしまった状態」という、大きな意味を持っているのだなと感じたひと時でした。
| Home |

