大田原キリスト教会の聖書入門講座に参加しました。
■人は何のために生きるのか
自分で自分の生きる目的を考えると、なかなか答えは出ませんよね。
どのように答えるでしょうか?
成長するため、夢を達成するため、人の役にたつため
社会に貢献するため、生活を楽しむため、幸せを感じるため
基本的に無い、子孫を残すため
などでしょうか?
インターネット上で調べてみるとしっくりといくものがあまりないように思います。
■神が人を造った目的
本日の学びで聖書の考える人が造られた目的を学びました。
1.支配するために造られた(創世記1:26-28)
2.神の喜びのために造られた(創世記1:31)
3.神の栄誉を語るために造られた(イザヤ43:21)
人はこのために造られたと聖書は言っています。
■聖書を信じる
「人は神により創造されたのである」
「その神が聖書を通して、このようにいっている」
人が自分で自分の目的を考えてもわからないということでしょうか?
私は、聖書を信じ、創造主を信じ、イエスキリストを信じるとしたクリスチャンです。ですから、これらのことが自分が造られた、自分が生きている目的と信じ生きています。
自分の生きる目的を決めたとでもいいますかね。
自分の生きる目的が明確になる、いいものですよ。
■人は何のために生きるのか
自分で自分の生きる目的を考えると、なかなか答えは出ませんよね。
どのように答えるでしょうか?
成長するため、夢を達成するため、人の役にたつため
社会に貢献するため、生活を楽しむため、幸せを感じるため
基本的に無い、子孫を残すため
などでしょうか?
インターネット上で調べてみるとしっくりといくものがあまりないように思います。
■神が人を造った目的
本日の学びで聖書の考える人が造られた目的を学びました。
1.支配するために造られた(創世記1:26-28)
2.神の喜びのために造られた(創世記1:31)
3.神の栄誉を語るために造られた(イザヤ43:21)
人はこのために造られたと聖書は言っています。
■聖書を信じる
「人は神により創造されたのである」
「その神が聖書を通して、このようにいっている」
人が自分で自分の目的を考えてもわからないということでしょうか?
私は、聖書を信じ、創造主を信じ、イエスキリストを信じるとしたクリスチャンです。ですから、これらのことが自分が造られた、自分が生きている目的と信じ生きています。
自分の生きる目的を決めたとでもいいますかね。
自分の生きる目的が明確になる、いいものですよ。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「こわがることはない」でした
■本日から「ルカの福音書」です
聖書には、4つの福音書があり、福音書とは、イエスキリストについて書かれた書物です。
そのうち3つの福音書は、全てユダヤ人によってかかれ、ユダヤ人に対してかかれた書物でるため、ユダヤ人以外の人の(日本人も含む)にとって理解しづらいものがあるとのことでした。
しかし、今回から始まる、「ルカの福音書」はユダヤ人以外の人の手によりかかれたものであり、日本人にとっても理解しやすいものとなっているとのことでした。
今後の礼拝メッセージが楽しみです。
■神様は祈りを聞いてくれる
神様の御心(考え)であればその人にとって最適な形、方法で祈りに応えてくれるというのです。
直接自分が求めた方法ではなくても、その人が求めていることを実現してくれるというのです。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。」です。
祈り求め続けることが大切だよな、このようなことを考えた時間でした。
本日のタイトルは、「こわがることはない」でした
■本日から「ルカの福音書」です
聖書には、4つの福音書があり、福音書とは、イエスキリストについて書かれた書物です。
そのうち3つの福音書は、全てユダヤ人によってかかれ、ユダヤ人に対してかかれた書物でるため、ユダヤ人以外の人の(日本人も含む)にとって理解しづらいものがあるとのことでした。
しかし、今回から始まる、「ルカの福音書」はユダヤ人以外の人の手によりかかれたものであり、日本人にとっても理解しやすいものとなっているとのことでした。
今後の礼拝メッセージが楽しみです。
■神様は祈りを聞いてくれる
神様の御心(考え)であればその人にとって最適な形、方法で祈りに応えてくれるというのです。
直接自分が求めた方法ではなくても、その人が求めていることを実現してくれるというのです。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。」です。
祈り求め続けることが大切だよな、このようなことを考えた時間でした。
大田原キリスト教会の聖書入門講座に参加しました。
聖書について、聖書の考え方について体系的に学ぶことができそうで、とても期待しています。
■人の人生は、考え方で決まる
そうだなと思います。
どのように考えて生きるか、生活するかにより、人の人生は決まるのですね。
どのように考えるかは、何を土台として生きていくかということだというのです。
その土台は聖書的に言えば、二つあるといいます。
■聖書を土台としない考え
これは一般に自分の考え方といわれているものでしょう。
「自分の考えで決める」というものですね。
いろいろな人の本を読み、いろいろな人と出会い、いろいろな人の経験、考え方を聞き、自分として納得いくものを取捨選択していく。
自分のことは自分で考え、自分で決定していくということですね。
■聖書を土台とする考え
二つ目は、聖書を土台とする考え方です。
これは、全て聖書の考え方を土台とするというものです。
聖書は神から与えられた言葉であり、真理であり、全てこの聖書で言っていることを土台として生きていくという生き方です。
聖書全てを受け入れ、自分に合う合わないではなく、聖書が全てという生き方です。
なんでそんな考え方をするの?といわれたら聖書に書いてあるから、と答える生き方です。
■どちらを選ぶか?
自分に合う考え方をいろいろと部分的に取り入れ正しい考え方を構築していくというのはものすごく大変なことだと思います。
一つ一つ正しいかを検証していくということですからね。
しかし、聖書は神の言葉であり、その言葉全てを考え方の土台にする、というものは、納得感があります。何が正しいかは、聖書であると決めてしまっているのですから。
「聖書の言葉が神から来たかはどうして分かるのか?」「証拠はあるのか?」といわれると、自分が信じるかどうかでしかないと思います。
どんなに証拠を出しても、信じないことを選択した人は、信じられないですからね。
最後は、自分の選択でしかないですよね。
聖書について、聖書の考え方について体系的に学ぶことができそうで、とても期待しています。
■人の人生は、考え方で決まる
そうだなと思います。
どのように考えて生きるか、生活するかにより、人の人生は決まるのですね。
どのように考えるかは、何を土台として生きていくかということだというのです。
その土台は聖書的に言えば、二つあるといいます。
■聖書を土台としない考え
これは一般に自分の考え方といわれているものでしょう。
「自分の考えで決める」というものですね。
いろいろな人の本を読み、いろいろな人と出会い、いろいろな人の経験、考え方を聞き、自分として納得いくものを取捨選択していく。
自分のことは自分で考え、自分で決定していくということですね。
■聖書を土台とする考え
二つ目は、聖書を土台とする考え方です。
これは、全て聖書の考え方を土台とするというものです。
聖書は神から与えられた言葉であり、真理であり、全てこの聖書で言っていることを土台として生きていくという生き方です。
聖書全てを受け入れ、自分に合う合わないではなく、聖書が全てという生き方です。
なんでそんな考え方をするの?といわれたら聖書に書いてあるから、と答える生き方です。
■どちらを選ぶか?
自分に合う考え方をいろいろと部分的に取り入れ正しい考え方を構築していくというのはものすごく大変なことだと思います。
一つ一つ正しいかを検証していくということですからね。
しかし、聖書は神の言葉であり、その言葉全てを考え方の土台にする、というものは、納得感があります。何が正しいかは、聖書であると決めてしまっているのですから。
「聖書の言葉が神から来たかはどうして分かるのか?」「証拠はあるのか?」といわれると、自分が信じるかどうかでしかないと思います。
どんなに証拠を出しても、信じないことを選択した人は、信じられないですからね。
最後は、自分の選択でしかないですよね。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「満ち足りる秘訣」でした。
■「どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました」
聖書に出てくるパウロが言っています。
「どんな境遇にあっても満ち足りる」
これはなかなか難しいことだと思うのです。
「どんな時にも」ですからね。
人生相談というものがあります。これは、一つ一つの具体的な問題に対して回答していくものであり、全てのことに対して満ち足りる、解決することではありません。
では、どんなことを学んだのでしょうか?
■秘訣は聖書にあります
その秘訣はイエスキリストである、聖書であるといいます。
聖書を学ぶこと、イエスキリストを学ぶこと、これが秘訣だと言います。
この秘訣を学んでいければ「どんな境遇でも満ち足りる」ことができるのです。
そうだよな、自分の力、人の力では「どんな境遇」という訳にはいかないよな。
と考えたひとときでした。
本日のタイトルは、「満ち足りる秘訣」でした。
■「どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました」
聖書に出てくるパウロが言っています。
「どんな境遇にあっても満ち足りる」
これはなかなか難しいことだと思うのです。
「どんな時にも」ですからね。
人生相談というものがあります。これは、一つ一つの具体的な問題に対して回答していくものであり、全てのことに対して満ち足りる、解決することではありません。
では、どんなことを学んだのでしょうか?
■秘訣は聖書にあります
その秘訣はイエスキリストである、聖書であるといいます。
聖書を学ぶこと、イエスキリストを学ぶこと、これが秘訣だと言います。
この秘訣を学んでいければ「どんな境遇でも満ち足りる」ことができるのです。
そうだよな、自分の力、人の力では「どんな境遇」という訳にはいかないよな。
と考えたひとときでした。
■大田原キリスト教会で聖書入門が開催されます。
聖書入門が来週から開催されます。
聖書を基本から学んでみようかと思い、
私も参加しようと思います。
興味がありましたら、ご参加ください。
一緒に世界のベストセラー、聖書を学びましょう!!
場所:大田原キリスト教会
開催日:2007年3月22日(木)から毎週木曜日
回数:10回程度
講師:大橋 富男(大田原キリスト教会牧師)
(http://otawara.church.jp/)
時間:19:30-
参加費:テキスト代(1000円程度)
聖書入門が来週から開催されます。
聖書を基本から学んでみようかと思い、
私も参加しようと思います。
興味がありましたら、ご参加ください。
一緒に世界のベストセラー、聖書を学びましょう!!
場所:大田原キリスト教会
開催日:2007年3月22日(木)から毎週木曜日
回数:10回程度
講師:大橋 富男(大田原キリスト教会牧師)
(http://otawara.church.jp/)
時間:19:30-
参加費:テキスト代(1000円程度)
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「私たちの国籍は天にあります」でした。
■思い煩いは非生産的です
思い煩い、心配というものは非生産的ですね。
心配しても心配しなくても結果は変わらないのですから。
しかし、人は心配するものとして造られているといいます。
なにかすると心配、思い煩いをもってしまう。
イベントを計画しても、人が集まらなかったどうしよう、逆に人が集まりすぎたらどうしようと心配、思い煩ってしまうことなんてよくありますよね。
■神様にあって、取り除くことができる
神様にあってのみ思い煩いを取り除くことができるといいます。
「神様にある」とは、イエスキリストを信じ、受け入れて、イエスキリストとの関係を持っているということです。
自分を創造した神様を信じ、委ねるということでしょうね。
信仰を持ち、神様は私たちの必要を満たしてくれると信じることができれば思い煩い、心配はなくなるでしょうからね。
自分の責任において物事を行うと思い煩い、心配してしまいますよね。
■祈り、願うことで取り除くことができる
そんな神様、私たちの必要を満たしてくれる神様に祈り、願うことで、思い煩いを取り除くことができるといいます。
神様にとって必要で、自分にとって必要なことであれば与えてくれるということですからね。
そうすれば、常に感謝と喜びでいっぱいの気持ちを持つことができるでしょうね。
■神様の言葉を心にとめ、実行する
神様を信じ、神様の言葉を実行する、このことで思い煩いを取り除くことができるのですね。
クリスチャンとして、神様を信じれば、神様は自分に最良のことを与えてくれる、そして、思い煩う必要がないんだなと、感じたひと時でした。
本日のタイトルは、「私たちの国籍は天にあります」でした。
■思い煩いは非生産的です
思い煩い、心配というものは非生産的ですね。
心配しても心配しなくても結果は変わらないのですから。
しかし、人は心配するものとして造られているといいます。
なにかすると心配、思い煩いをもってしまう。
イベントを計画しても、人が集まらなかったどうしよう、逆に人が集まりすぎたらどうしようと心配、思い煩ってしまうことなんてよくありますよね。
■神様にあって、取り除くことができる
神様にあってのみ思い煩いを取り除くことができるといいます。
「神様にある」とは、イエスキリストを信じ、受け入れて、イエスキリストとの関係を持っているということです。
自分を創造した神様を信じ、委ねるということでしょうね。
信仰を持ち、神様は私たちの必要を満たしてくれると信じることができれば思い煩い、心配はなくなるでしょうからね。
自分の責任において物事を行うと思い煩い、心配してしまいますよね。
■祈り、願うことで取り除くことができる
そんな神様、私たちの必要を満たしてくれる神様に祈り、願うことで、思い煩いを取り除くことができるといいます。
神様にとって必要で、自分にとって必要なことであれば与えてくれるということですからね。
そうすれば、常に感謝と喜びでいっぱいの気持ちを持つことができるでしょうね。
■神様の言葉を心にとめ、実行する
神様を信じ、神様の言葉を実行する、このことで思い煩いを取り除くことができるのですね。
クリスチャンとして、神様を信じれば、神様は自分に最良のことを与えてくれる、そして、思い煩う必要がないんだなと、感じたひと時でした。
■700人もの人に聞いてもらいました
どのくらいの人が来てくれるかな?なんて思いながら受付で待っていましたが、5:30会場、6:00開演のところをすでに5:20ぐらいにはかなりの人がフロアーで待っているという状態になっていました。
そして、700名程度の人に参加していただき、本当に多くの大田原の方にゴスペルを聞いていただきました。
こんなにも多くの人を集めてくださった神様に感謝します。
■みんな情熱的に歌っていました
「ゴスペルを」「イエスキリスト」を知ってもらうためにみんなが心を一つにし、歌っている様子を見ることができ、迫力もあり、とてもよいコンサートでした。
■ゴスペルとは
イエスキリストに対しての歌、人間にとっての「よいしらせ」に対しての歌です。
イエスキリストが人間の罪のために十字架にかかり死に、よみがえったこと。
イエスキリストが行ったことを信じ、赦しを願えば赦される。
この事実を歌い、感謝を表すのがゴスペルです。
思いっきり感謝できた、そんな一時でした。
どのくらいの人が来てくれるかな?なんて思いながら受付で待っていましたが、5:30会場、6:00開演のところをすでに5:20ぐらいにはかなりの人がフロアーで待っているという状態になっていました。
そして、700名程度の人に参加していただき、本当に多くの大田原の方にゴスペルを聞いていただきました。
こんなにも多くの人を集めてくださった神様に感謝します。
■みんな情熱的に歌っていました
「ゴスペルを」「イエスキリスト」を知ってもらうためにみんなが心を一つにし、歌っている様子を見ることができ、迫力もあり、とてもよいコンサートでした。
■ゴスペルとは
イエスキリストに対しての歌、人間にとっての「よいしらせ」に対しての歌です。
イエスキリストが人間の罪のために十字架にかかり死に、よみがえったこと。
イエスキリストが行ったことを信じ、赦しを願えば赦される。
この事実を歌い、感謝を表すのがゴスペルです。
思いっきり感謝できた、そんな一時でした。
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「私たちの国籍は天にあります」でした。
■そんなことをしたって食っていけないだろう
そうかもしれません。
毎週日曜日に礼拝に参加し、毎日祈り、聖書を読む。
そんなことをしても食べてはいけないでしょう。
まずは生きていかなければならない。
そのためには、働かなければならないでしょ。
動かなければならないでしょ。
努力しなければならないでしょ。
■いいことをしなければいけない
そうかもしれません。
「救われる」「赦される」にはいいことをしなければならない。
一生懸命努力して、成長していかなければならない。
そうでなければ救われるわけがないし、何もしないで救われるなんておかしい。
こんなに自分はいいことをしているのに、何もしていない人が救われるなんて理不尽だと思いますよね。
■自分が大切
「自分が」生きていくためには、働かなければならない。
「自分が」救われるためには、いいことをしなければいけない。
これって「自分」が中心なんですよね。
自分の生活がまず大切で、自分の欲しているものを獲得することがまずは大切だという考えですよね。
■まずは創造主が一番
自分中心ではなく、創造主を一番の優先順位に置く。
これが聖書の考え方です。
自分が一番ではなく、創造主が一番であり、その創造主が隣人を愛しなさいといっている。
だから隣人を愛する、そのためにいいことをする。
この順番を間違うとおかしな方向にいってしまうのでしょうね。
自分は大切です。創造主は全ての人が尊い、価値あるといっていますからね。
結果的には同じことなのかもしれません。全ての人は大切な存在なんですからね。
でも、各自が、自分を一番愛してしまうとどうなるのでしょうか。
自分中心の考えを持って行動をしてしまうことが多々あります。
しっかりと創造主を一番に考え、祈って進んでいかなければならないなと感じた時間でした。
本日のタイトルは、「私たちの国籍は天にあります」でした。
■そんなことをしたって食っていけないだろう
そうかもしれません。
毎週日曜日に礼拝に参加し、毎日祈り、聖書を読む。
そんなことをしても食べてはいけないでしょう。
まずは生きていかなければならない。
そのためには、働かなければならないでしょ。
動かなければならないでしょ。
努力しなければならないでしょ。
■いいことをしなければいけない
そうかもしれません。
「救われる」「赦される」にはいいことをしなければならない。
一生懸命努力して、成長していかなければならない。
そうでなければ救われるわけがないし、何もしないで救われるなんておかしい。
こんなに自分はいいことをしているのに、何もしていない人が救われるなんて理不尽だと思いますよね。
■自分が大切
「自分が」生きていくためには、働かなければならない。
「自分が」救われるためには、いいことをしなければいけない。
これって「自分」が中心なんですよね。
自分の生活がまず大切で、自分の欲しているものを獲得することがまずは大切だという考えですよね。
■まずは創造主が一番
自分中心ではなく、創造主を一番の優先順位に置く。
これが聖書の考え方です。
自分が一番ではなく、創造主が一番であり、その創造主が隣人を愛しなさいといっている。
だから隣人を愛する、そのためにいいことをする。
この順番を間違うとおかしな方向にいってしまうのでしょうね。
自分は大切です。創造主は全ての人が尊い、価値あるといっていますからね。
結果的には同じことなのかもしれません。全ての人は大切な存在なんですからね。
でも、各自が、自分を一番愛してしまうとどうなるのでしょうか。
自分中心の考えを持って行動をしてしまうことが多々あります。
しっかりと創造主を一番に考え、祈って進んでいかなければならないなと感じた時間でした。
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