栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

神の親友になる

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■創造主に対する罪
人間の創造主に対する罪は、創造主から離れ、自分で何でもしたいと思っていることですね。
自分で何でもできると思い、創造主の力など借りなくても生きていけると思うことだといいます。

■頼る
人に頼る、神に頼るというと弱い人のことのように思いますが、そうではないと聖書は言っています。
創造主により頼み与えられた使命を与えられた賜物を使って全うしなさいといっているのです。

■従い、仕える
完全なるもの、人間を造ってくれた創造主に従う、これは当然のことでしょう。

人間は完全ではないといいます。与えられた賜物、特徴がそれぞれ違うのですから、得手不得手があるのは当然のことです。

自分の不得手を嘆くのではなく、与えられた賜物、得手をしっかりと活用し、創造主に仕えて生きたいものです。

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人間の愛には限界がある

■本日、事務所にて聖書を聞く会を開きました
2ヶ月に一度、牧師に聖書の話をしてもらっています。
本日は、朝礼にて読んでいる「人生を導く5つの目的」から話してもらいました。

■現代人の愛
通常思われている愛というのは、
「愛することによって自分が幸せになりたい」
という愛である。

これでは、自己中心の愛であり、本当の愛ではないとの話でした。

自分が幸せになるために人を愛するのであれば、幸せを感じなくなったら、その人をもう愛することはできなくなるということですからね。

■創造主から来る愛
そうではなく、創造主に立ち返り、創造主からの愛を知ることで、真実の愛を得ることができるということでした。

人から来る愛というのは、限界があり、自分のことを考えてしまうということですね。
創造主に祈り、求めていきたいと思った時間でした。

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神の親友になる

■創造主に対する罪
人間の創造主に対する罪は、創造主から離れ、自分で何でもしたいと思っていることですね。
自分で何でもできると思い、創造主の力など借りなくても生きていけると思うことだと思うのです。

人に頼る、神に頼るというと弱い人のことのように思いますが、そうではないと聖書は言っています。
創造主により頼み与えられた使命を与えられた賜物を使って全うしなさいといっているのです。

完全なるもの、人間を造ってくれた創造主に従う、これは当然のことでしょう。

人間は完全ではないといいます。与えられた賜物、特徴がそれぞれ違うのですから、得手不得手があるのは当然のことです。

自分の不得手を嘆くのではなく、与えられた賜物、得手をしっかりと活用し、創造主に仕えて行きたいものです。

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礼拝の本質

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■全て自分で行おうという考えではなく、神に委ねるという考え方です。

創造主は、私たちを造ってくれ、そして、愛している。私たちにとって最善のことを考え、計画してくれている。このことを信じ、神に従っていく。
これが、聖書でいう、降伏、従順です。

■降伏とか、従順というと自分が負けてしまい悔しいとか、あまりいい意味で使われませんが、聖書においてはそうではありません。

創造主に対する降伏、従順ということは、限界のある、自己中心の自分を捨て、私たちにとって最高になるように考えてくれている創造主に信頼し、委ねるということなのです。

■戦いに負け、降伏するということは、相手のいいなりなるということをイメージします。

勝った方が、自分の益になるように、降伏したほうが不利になるようにことを進めていくことをイメージし、降伏することは、自分の益にならないことだと考えてしまいますね。

だから、降伏というとよくないイメージがあるのだと思います。

■クリスチャンは、限界のある人間の考えで、自分の考えで生きていこうとするのではなく、
我々を造ってくれた、我々の考えをはるかに超え、最善を知り、最善を与えてくれる創造主に服従することはすばらしいことであると考えるのです。

創造主に降伏する、それがクリスチャンです。

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怒っても罪を犯すな 

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「怒っても罪を犯すな」です。

■怒りはその日に解決する
長く怒りを持ち続けると、他人を傷つけ、自分も傷つけてしまう。
なるべく早く怒りを解決することが大切である。
最低でもその日のうちに解決することが大切である、

人への恨みを長年持ってしまう人がいるのではないでしょうか?
子どもがいうことを聞かないために出てきた、怒りを長い間持ち続けてしまうことがあるのではないでしょうか?

夫婦喧嘩をし、何日も口を喧嘩状態で、口を聞かないということをたまに聞きます。

でも、一つ一つの怒りをなるべく早く取り除くことが大切であるというのです。
その日のうちに解決することが大切だというのです。

■怒りは神様への祈りにより解決する
自分で怒りをコントロールする、自分一人の力で人を赦すことは難しいかもしれません。
しかし、聖書は言います。
怒りは神に祈り、任せてしまうことが必要である。
許せないようなことでも、神に明け渡し、任せしまうことが大切だといいます。
人がいつまでも怒り、赦すことができないのであれば何も解決しないのだと思います。

怒った時に、祈り、創造主に委ねていきたいと思った日でした。

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何が神を微笑ませるのか

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■心と思いと知力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。これが最も大切な第一の戒めです。
聖書にはこのような文章が書かかれています。

創造主は人を愛しており、人に愛してもらいたいと思っているとかかれています。

■「自分は人生をどれだけ楽しめるか」という自分中心の考え方から、
「創造主は、私の人生をどれくらい喜んでくれるか」という他者、創造主を中心に考えることへ変わるということです。

自分中心ではなく、他の人を中心にでもない、創造主を中心に生きていくということですね。
人のことを第一に考えるのではなく、創造主を第一に考えるということですね。

■自分中心に考える人は多いですね。
私も自分のことを中心に考えてしまいます。

人のことをとても気にする人もいますね。
私も人にどのように思われるかとても気になります。

■そうではなく、創造主を、第一に愛する、気にしなさいと書かれているのです。
理にかなっているように思います。

自分も人も時々に考え行動は変わってしまいますからね。
変わらない創造主に信頼を置き、そこから、自分を大切にし、人をも大切にする。

このことを真にできたらと思った日でした。

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神の喜びのために造られた

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■「人生を導く5つの目的」では、こうかかれています

神の喜びのために生きることが人の人生の第一目的です。
神に喜ばれるためにする行為はすべて「礼拝」です。

具体的には、神に喜ばれることとは、神様のことを考えることではないかと思います。
神様を常に意識し行動するということが、神に礼拝するということなのだなと思うのです。

■クリスチャンになり、日曜日の教会の礼拝に参加し、メッセージ(説教)を聞き、内容がよかった、ということが多々あります。

「牧師の話がよいから教会に行く」ということがよくありますが、基本的には、これは間違いだといっています。

礼拝という行為は、自分が満足するために行うのではなく、神様に喜んでもらうために行うことだからです。

■神様に喜んでもらいたい、ということから全て行動すべきだといっています。
自分中心ではなく、神様のことを常に考え、神様中心に生きるということです。

神様中心に生きていく、これがクリスチャンなんだなと思わされました。

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すべてのことの意味

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

神の栄光のために生きる。
この栄光という言葉は、よくわからないまま使っていました。
あるホームページで、神様の栄光とは「神様の素晴らしさのこと」とありました。
これで、少し理解できたように思います。

私たちは、この神様の素晴らしさを表すために生きていくということでしょうか?
分かりやすいように思います。

クリスチャンは、自分の生きていく目的について、神様に焦点を当てるのです。
自分ではなく、神様に焦点を当てていくのです。

神様は何を望んでいるか、そして、自分には何が与えられ、神様の栄光のために、何ができるのか。
こんなことを考えて生きていこう!!
と考えた時間でした。

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真実を語りなさい

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「真実を語りなさい」です。

■うそをつく
多くの人は、うそに対して格別に悪いという感覚がない。
警察に捕まらなければ嘘を突いてもいいという感覚を持っている。
うそは特別に悪いという感覚がなくなっている。
みんながやっていることだもの、うそついても別に問題ないでしょ。

ああ、そんなこと考えているなと思います。

■さて、どうしてうそをつくのでしょうね。
うそをつくという行為は、自己中心であり、自分が不利にならないようにする、自己防衛本能からである

ということです。これも、そうだなと思います。

でもうそは、創造主は望んでおらず、うそをつかないようにしなければなりません。
でも自己中心であるから、うそをついてしまうのであれば、自分でうそをつかないようにするというのは難しいのではないでしょうか。

ですから、創造主に祈り、常にうそをつかないよう自分を変えてもらうということが必要だといいます。

創造主により頼み、祈り、真実を語れるようになりたいと思った礼拝でした。

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人生は一時的な務めである

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■星の王子様には、「本当に大切なものは 見えない」といいます。
難しいですね。見えないと納得できない世の中ですね。
「そんなにいうなら、証拠を見せてみろ」なんてよくいいますからね。
でも、「目に見える証拠」はいずれ、消えてしまいますが、「本当に大切なものというのは見えない」と聖書は言っています。

■本当に大切なものの条件が、目に見えないことということでしょうか。
大前提として、「目に見えるものは、本当に大切なものではない」ということなのでしょうね。

見えないものを信じるというのは今の世の中難しいことかと思います。
何事をするにも、「目に見えるもの」を重視しますからね。
見えないものについては、価値がないような風潮がありますからね。

見えなくても本当に大切なものをしっかりと抱いて生きて行きたいものです。

人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
リック ウォレン

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神の視点から人生を見る

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■子供は親に、部下は上司に従わなければならない。
これも聖書の考え方です。
どんなに不公平だ理不尽だと思っても、最終的に裁くのは創造主であり、権威を預かっているものに対して従いなさい。といっています。

創造主から権威を与えられている親に子供は従わなければならないし、
創造主から権威が与えられている会社の上司についても従わなければなりません。

■親、上司はしっかりと育てる義務がある
逆に、親は、創造主に任されているのであるから、しっかりと育てなければならないのです。

そして、創造主に与えられた使命に対して、どんなに小さなことでも忠実でありなさいと聖書は言っています。
そうでなければ大きなことに忠実であるはずはなく、大きなことを任されることもないといっているのです。

気を引き締めて子育てをしなければならないと思いました。

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永遠に生きる存在として造られた

■日々大切に生きる
「一度しかない人生だから、悔いのない人生を歩もうよ、がんばろうよ」
「せっかくの人生だから大切に生きようよ」
ということをよく言います。

日々大切に生きるということは大切なことであると思います。

■永遠に生きる
しかし、聖書では、「イエスキリスト信じれば永遠の命を与えられる」といっています。
「そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。」、1ヨハネ5:11−12

「この地上において、神との愛と信頼の関係を築くなら、永遠のときを神と共にすごすことができる」(祈りの日記より)のです。
今、神との愛と信頼の関係を築かなければ神と共に過ごすことができなくなるということです。

「神と共に、永遠に生きる」と「一度の人生」とでは、考え方が大きく変わりますね。

「神と永遠に生きる」から、その時その時の業績、快楽を求めるのではなく、もっと長い目で神様の目的を達成することに主眼を置くことになるのです。

神はどのように考えているかを意識しながら生活、行動することになるのです。
自分中心ではなく、創造主中心の生活になるのです。

人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
リック ウォレン

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神のために生きる

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■何によって動いているか
創造主に与えられている目的によって行動しているという考えがないと、恐れや不安が付きまとってしまうと思うのです。

ただし、このような考えは、聖書に触れていないと分からないものだと思います。
多くの人は、
「自分の成長のため」
「人の役にたつため」
「しないといけないから」
××を行っている、生きている、などというでしょうが、それでは、自分にそのことができないのではないかと思った時に、不安になってしまうのだと思います。

そうではなく、「私たちにそれぞれに目的を与えてくれている」創造主に従い、生きていくという考えを持つことで、不安を取り除くことができるのだと思うのです。

■神のために生きる
自分がこの世を去るようになったときも、「人の評価」を気にすると、どのように思われているかを考え、不安になるものだと思います。

しかし、「全てを受け入れてくれている創造主」
「自分が存在すること自体を受け入れてくれている創造主」
の存在を知り、その「創造主のために生きる」と考えたとき、本当の平安を得ることができるのだと思うのです。
私たちは創られた存在なのですから。

人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
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リック ウォレン

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新しい人を着る

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「新しい人を着る」です。

■今の自分を変える?
「今の自分を変えて、良くしていく」
そんな考え方や、教えが多いのではないかと思います。
今までの考え方、行動に対していいことを追加するという考え方です。
「××をすれば今までの人生よりもよりいい人生を歩むことができますよ」
ということですね。

■「私たちはキリストにあって新しく造り変えられるのです。」
これがキリスト教なんだなと思いました。
イエスキリストを信じ、クリスチャンになると今までの自分ではなく、新しく造り変えられるというのです。

教会の礼拝に参加しているとよく聞く内容ですが、本日は「はっと」しました。
それまでの自分ではなくなるというのです。

聖書のいう創造主が考えている形に近づくように変えられるというのです。

こんなことを聞くとやっぱりクリスチャンになるのは大変なことだと思ってしまうかもしれませんが、そういうことなのですね。

■創り変えられよう!!
でも聖書がそのように言っているのですからしかたがありません。
そうです、クリスチャンになったのだから、創造主に作り変えてもらおう!!

そんなことを考えた教会での時間でした。

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あなたは偶然に生きているのではない

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
朝礼にてみんなで読んでいます。

■神が必要とするからあなたを創ったのです。
創造主に必要とされ、生まれたということを知ってほしいと思います。
一人一人が特別であるという考え方です。
全ての人が必要とされているという考え方です。
不要な人など一人もいないという考え方です。

■我々が生まれたのは、偶然ではないのです。
愛しているから、それだけの理由で人を作ったといいます。
そして、一人一人が特別なのです
一人一人が大切な存在なのです。

■全て意味がある
全ては創造主の支配の中にあり、全てのことに、意味があるという考え方です。
この瞬間、皆さんがこの本を読んでいることも意味があるということなのです。

偶然に生まれたという考えからでは、自分は必要のない人間だなどと考えるのです。
自分が好きで生まれたわけではないという考え方が生まれるのです。

そうではなく、我々が生きるのは、創造主によって生かされ、不要な人間などいないという考えを聖書は持っています。
全て意味があるといっています。

私たちが生まれたのは、偶然ではないのです。
必然なのです。

人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
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リック ウォレン

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すべては神からはじまる

■9月1日より「人生を導く5つの目的、祈りの日記」
を朝礼にてみんなで読んでいます。

■聖書は、啓示の書である
私がクリスチャンになろうと思ったのもこの「神からの啓示の書である」ということからでした。
いろいろな書籍を読み、人生とは、いい人生を送るには、成功するには、などの書籍を読みました。そして、ある人の書籍から、この書籍、この人の言っていることを手本に生きていこうかなと思った時期もありました。

■聖書は絶対的なもの
でも、それは、人の言ったことであり、絶対的なものではないと思っていたのです。絶対的なもの、変わらないもの、真理を求めていたということになりますかね。

そして、クリスチャンの家でホームスティし、教会に行き、日本人のクリスチャンに触れ、聖書を読むという時間を過ごしているうちに、この聖書の考えを真理と信じて生きていこうかなと考えたわけです。

人が物事について、真理であるかなんて、分からないと思うのです。
ですから、私は、この聖書が真理である可能性が一番高いと思い、聖書が真理であると信じることに決めたということなのです。

人生を導く5つの目的 祈りの日記 ~40日の心の旅~
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教会って、そうだよね

■私のブログを「キリスト教ウェブログ集」ということで紹介してくれているブログを見つけました。
http://nobu.bokushi.jp/
リンク張ってくれているとうれしいですね。
Nobuさんありがとうございます。


■初めて教会にいくときの心得

そこで、初めて教会にいくときの心得なるものが書かれていました。
初めて教会に来る方は参考にするといいと思います。

■教会に初めて訪問すると
確かに、そうですね。
初めて訪問された人には、「今日の聖書のお話はいかがでしたか?」と聞きますね。
こうきかれたら、「よかったです」とでもしかいいようがないですからね。

また、何も話さないと、教会員から、「いろいろと聞かれます」よね、根掘り葉掘りといえますね。

でも、初対面の人に対しては、「どこに住んでいる」とか、「職業何か」など聞いてしまいます。

気をつけなければいけませんね。

でも、少しでもその人のことを理解することは大切ですしね。話さないと相手のことを理解できませんからね。

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