栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

愛を持って賜物を活かしあう

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「キリストの賜物」です。

■神から与えられた賜物
聖書は言います、人はそれぞれ、異なる賜物を神様から与えられています。
見て分かるとおり、この世に同じ人はいませんし、与えられたギフト、賜物、特技は人それぞれ異なります。
そして、この世では、それぞれの異なる賜物が寄り合い一つになって、より大きな目的を達成します。
誰一人として、不要な人はおらず、神から何の賜物も与えられていないということはないのです。

■最大の親切
それは、自分の賜物を相手に与えること、自分の賜物を用いて相手を助けることではなく、その人の持っているよい賜物、才能を掘り起こしてあげることだとメッセージの中で言っていました。

自分賜物に気がついていない人は大勢いると思います。
子供は特にそうですね。自分はどのような賜物を与えられているかなどわかりませんからね。親は子供に神様から与えられた賜物はどのようなものかを見極め、掘り起こしてあげることが大切だと思います。

■愛を持ってそれぞれの賜物を用いていく
賜物を持ち合い、愛を持って用いていくことが大切だといいます。
愛がなければ、せっかく与えられた賜物をうまく使うことができませんし、悪に用いることもできるからでしょう。

愛を持ってそれぞれの賜物を認めあい、活用していく、これがなければ組織としてばらばらになってしまいますね。

愛を持ってみんなでそれぞれの賜物を利用することにより、より大きなことを成し遂げることができるということでしょうね。

一人の一人の賜物を認め、愛を持って共に利用しあう、これが大切であるということでした。

教会だけでなく、会社など、組織で何か成し遂げる際に必要な考え方だなと思ったメッセージでした。

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人を信じる

■人をそのまま信じると、がっかりしてしまう
人を直接信じる、そうではなくて、聖書のいう創造主を信じ、「その創造主が人を愛しなさいと言う、だから人を愛する」ということが必要だと思います。

■人は、罪人である
人は、自分のことをまず大切に考えてしまいます。
自己中心ということがいえます。

人というのはそのようなものだと思うことがまず大切だと思うのです。
人に期待してしまうのは仕方のないことかもしれません。
自分が信じた分、相手にもそれ相応の応対をしてもらいたいと思いますね。

■創造主が隣人を愛しなさいという
だから、隣人を愛するようにしていく、これが大切ではないかと思うのです。

絶対に裏切らない創造主を信じ、その創造主が隣人を愛しなさい、受け入れなさいという。

創造主がそのように言う、だから隣人を愛し、受け入れることとする。
相手を受け入れなければ本当のつきあいができないものとおもいます。
人にはそれぞれいろいろな事情があります。
それをまずは、赦し、受け入れることが大切だと思うのです。

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謙遜であろう

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「内なる人を強くしてくださるように」です。

■謙遜
「謙遜」というと日本では、「美徳」のように思われていますが、もともとは、「奴隷根性」とか「軽蔑された、卑しい身分」を意味する言葉だったといいます。

この「謙遜」の実行、これは難しいと思います。

自分は、あの人よりは、ましだ、ということを考えてしまうからです。
何か人よりも優れていることを誇りたいというのが人間なのでしょうね。

■謙遜であれ
でも、聖書はいうのです。
クリスチャンになったのであれば、「謙遜でいられるように祈り、謙遜な人となりなさい」というのです。

「人を自分よりも優れた者と思」い、「自分のことだけでなく、他の人のことを顧み」なさいというのです。

へりくだり、人に仕えるものとなりなさいというのです。

■相手を認め、受け入れるということ
「人を自分よりも優れた者と思う」というのは、相手をそのまま受け入れ、価値有るものとして受け入れ、仕えるということと理解してもいいかと思います。

友人、知人、お客さん、取引先全ての人に対して、自分よりも優れた者と思い、受け入れ、仕えるということでしょうか

今、そのような人を目指しているんだなと思った今日の礼拝でした。

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勝っても不安になる

大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「内なる人を強くしてくださるように」です。

■勝っている時は不安でいっぱいだった
そう語ったという中島常幸さん(プロゴルファーでクリスチャン)の話がありました。
勝たなければ自分に価値がなくなるという不安でいっぱいであったといいます。

信じるものが自分だけであれば、自分が崩れたら全てが崩れてしまうと思うのです。

スポンサーから契約を解除され、全てをなくした時に、傲慢であった自分に気づき、聖書の言葉を素直に受け入れることができたといいます。

そして、そこから、自分の考え方、気持ちが変わったといいます。

勝ち続けなければならない、自分の力で勝ち続けなければならないという気持ちを持たなくてもよくなってから、気持ちが変わったといいます。

■どんな結果になっても愛してくれる
どんなに失敗しても、そのままの私を愛してくれる、価値を認めてくれる、のが神であると聖書は言います。

「無条件に愛されていること、無条件に自分を価値あるものであるとしてくれること」を「信じ、感謝し、自分のできる最善を尽くし続ける」、これが大切だと思うのです。

「愛されている、価値を認められている」、このことが幸せになるための基本だと思う今日の時間でした。

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経営理念とは

■経営理念とは
「大田原だね!っと」のメンバーで「みなさんの経営理念」を教えてください。との質問が投げかけられましたので、考えてみました。

■経営に対する考え方です
ある経営書には、
「経営者が企業を経営するにあたって、持っているところの信念、信条、理念、哲学であり、その企業の行動指標となる考え方を示すもの」
とあります。

経営に対する根本的な考え方ですね。

■お店の考え方のことです
でも、そんなに難しく考えなくても、「大田原だね!っと」でいつもいっていることです。
そう、「お店の考え方」です。
どのような考え方でお店をやってるかということです。

どのようなことにこだわっていますか、譲れないものは何ですか?
日々、どのようなことを考えてお店を営んでいますか?
創業当時、どのような考えを持って今のお店を始めたのですか。
どんな特色を持ったお店にしようと思っていますか?

こんなことから考えてもいいのではないかと思います。

■このような「お店の考え方」に共感して、お客も集まってくるものです
ぜひ、「お店の考え方」を整理して見てください。
そして、この「お店の考え方」からくる、行動を通して、「お店の考え方=経営理念」を伝えてください。

そして、いろいろな「お店の考え方」を読み、感じることができる場所、それが、「大田原だね!っと」が目指している場所なんです。

藤沼会計事務所の経営理念は、
「私たちは「経営者の幸福を支援する」ことを使命とする」
です。

藤沼哲夫コンサルタント合資会社の経営理念
「私たちは、栃木県北経済の繁栄に貢献します」
です。

■そして、私の理念は、
「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにする」
です。
私の場合は、この考えをしっかりと持って、行動していきたい、という段階ですが。

経営理念、考えてみました。

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あ、そっか

母 : 明日は台風だから外へ出られないよ
長男: どうしよう、明日、お花に水をあげられないよ〜〜
母 : どうして?
長男: だって、ベランダにでられないじゃない
母 : 雨がふるんだから、いいでしょ
長男: あ、そっか

母と、長男の会話でした。

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「仕事で染み付いてしまった癖」

「大田原だね!っと」の今週のテーマは
「仕事で染み付いてしまった癖」です。

■お店に入るといろいろと考えてしまう
現在の仕事についてからですね。
お店にいくといろいろと考えてしまいます。
 接客はどうだろうか?
 このようなアンケートで顧客の要望を把握できるのだろうか?
 メニュー構成はいいだろうか?
 これは、何を意図しているのだろうか?
などなど

そして、勝手にこうやったらいいんだろうなどと考えています。

特に気になるのは、接客ですね。
お客さんのことを考えているかどうかという点はすごく気になります。

■お店の人に話しかけます
そして、お店の店員さんに話かけてしまいます。
どんな店員さんなんだろう、そして、そこからどのようなお店なんだろうって。

店員さんと話がはずむとうれしくなりますね。
だから、お店で私を見かけたらぜひ、話しかけてください。
とても喜びますから。

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教会に行く

■なんで教会に行くのかな。
ある人に聞かれたので、考えてみました。

■クリスチャンとは・・・・?
聖書でいう創造主に愛されているということを知っている人
「生きているだけで、愛されている」「まずは、そのままでいい」ことを知っている人
ではないかと思います。

このことを知らない人が多いと思います。
正直私もそれほど感じていないようにも思います。

でも、この「愛されていること」を知り、感じる時に救われる、気持ちが楽になる人は大勢いるのだろうなと思います。

自分を、
「生きている価値がない」
「何もできない」
「人の役二たっていない無用な存在だ」
などと考えている人はたくさんいるのではないかと思うのです。

だから、創造主の愛、イエスキリストの愛をもっと知ってもらえたらと思います。
伝えられるようになれたらと思います。

■愛されていることを知り、感じるために教会に行く
「創造主、イエスキリストに愛されていることを感じるために、教会に行く」のかなと思います。

最近、賛美の最中で、「涙が出る」ことが多くなってきました。
「愛されているんだ」という感じることが多くなり、「涙が出」ているのかなと思うですが。

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自分のライフメッセージ

■人生を導く5つの目的を妻と毎晩読んでいます
本日は、自分のライフメッセージを考え、伝えていこうという内容でした。
自分のライフメッセージとはなんでしょうね。

クリスチャンである私としては、クリスチャンになり、クリスチャンである前との違いを考えてみました。

■人生の目的を「自己実現」、「人に奉仕する」などと思っていました
多くの人も言うと思います。人の役にたたなければ、生きていてもしょうがない、人のために役に立つために、成長していくんだ。
これは、いい話だと思います。人のために働く、人が喜ぶことを行う。
大切なことであると思いますし、聖書にもそのようなことが書かれています。
経験的に、人に喜ばれるといい気持ちになりますし、人のために生きる、なんていい言葉ですからね。

■考える際の最初を変える
でもクリスチャンは、ちょっと違うのです。
一番大きな考えの違いは、考えの根本を自分ではなく、創造主にあると考えることです。
人のために働くこと、自分が成長することは、全て、創造主が求めているから、と考えるのです。

考える際の、出発が自分ではなく、創造主であることが大きく違うのです。
このように考えることができるようになり、何でも自分で解決しなくていいのだということに安心できるようになります。

何でも自分で解決しなければならないということであれば、ものすごく大変です。自分の限界を感じた時点で「できない」ということになるからです。

自分ではどうしようもないことがありますよね。
自分の性格を直したいとか、こんなこともできない自分が情けないとか、そして、自分が悪いのであるからもっとがんばらなければならないと考えるのですよね。

これは、きついですよね。

■クリスチャンになり、根本を自分ではなく、創造主に委ねることが少しずつできるようになってきました。
真に、委ねることができればもっと、気持ちも楽になると思います。

人生を導く5つの目的
人生を導く5つの目的

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