「大田原だね!っと」の今週のテーマは
「仕事でしてしまった大失敗」です。
■よく、失敗したなと感じることは、自分のいいたいことを一方的にお客さんに話してしまうことですね
お客さんと話していると、「こんなこともできます、あんなこともできます」と勝手に話を進めてしまい、お客さんが望むもの以上、もしくは、お客さんが望んでいないものを話していることが多々あります。
ふと我に返ると、お客さんが当惑していることに気がつきます。
そして、よくお客さんの話を聞くと、「何もそんな大きなことまで望んでいない、まずは、この程度のことでいいんだ」といわれ、「自分から話しすぎた」と反省してしまいます。
■現在はかなりよくなり、まずは、「お客さんの話を聞く、何をしたいのかを聞く」ことから始めることができるようになったように思います
それでも、お客さんの望む以上のことを話してしまうのですけど・・・
相手の話をよく聞く、なかなか難しいことなんだなと思います。
「仕事でしてしまった大失敗」です。
■よく、失敗したなと感じることは、自分のいいたいことを一方的にお客さんに話してしまうことですね
お客さんと話していると、「こんなこともできます、あんなこともできます」と勝手に話を進めてしまい、お客さんが望むもの以上、もしくは、お客さんが望んでいないものを話していることが多々あります。
ふと我に返ると、お客さんが当惑していることに気がつきます。
そして、よくお客さんの話を聞くと、「何もそんな大きなことまで望んでいない、まずは、この程度のことでいいんだ」といわれ、「自分から話しすぎた」と反省してしまいます。
■現在はかなりよくなり、まずは、「お客さんの話を聞く、何をしたいのかを聞く」ことから始めることができるようになったように思います
それでも、お客さんの望む以上のことを話してしまうのですけど・・・
相手の話をよく聞く、なかなか難しいことなんだなと思います。
「大田原だね!っと」で共に活動している、
「前室(まえむろ)」のブログにて、
http://maemuro.seesaa.net/article/19762618.html
「子供が生まれてからはガラリと変わった、いつでも子供中心に考えるようになる」
とありました。
■結婚し、子供ができると、自由がなくなる
ある考え方からすれば、
「我慢しなければならなくなる」
「行動範囲が狭くなる」
だから、「結婚前、子供が出来る前にやりたいことをやっておけ」
といわれることが多いですよね。
■でも、考え方を変えると「人に尽くす」ことを覚えるということだと思うのです
子育てをするようになると、人間的に成長するんだろうなと思います。
子供と接していると、「人に尽くす」とは、このようなことなんだなと思うようになります。
同じ屋根の中で生活するわけで、自分中心では進まないし、自分以外の人(家族)に対して自ら尽くさなければならないわけですからね。
まだまだ、うちの子供は、「相手のことを考えて行動する」なんて、できるものではありません。
息子たちが、それぞれ勝手なことを言っても親としてそれを受け入れ、対応していかなければなりませんからね。
でも、自分の子供だから、勝手なことでも、受け入れることが、自然とできるようになるのでしょうね。
これが、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」という黄金律の一番身近な実践なんだなと思います。
そして、その範囲を家族から、隣の人と広げていければいいな〜〜
「前室(まえむろ)」のブログにて、
http://maemuro.seesaa.net/article/19762618.html
「子供が生まれてからはガラリと変わった、いつでも子供中心に考えるようになる」
とありました。
■結婚し、子供ができると、自由がなくなる
ある考え方からすれば、
「我慢しなければならなくなる」
「行動範囲が狭くなる」
だから、「結婚前、子供が出来る前にやりたいことをやっておけ」
といわれることが多いですよね。
■でも、考え方を変えると「人に尽くす」ことを覚えるということだと思うのです
子育てをするようになると、人間的に成長するんだろうなと思います。
子供と接していると、「人に尽くす」とは、このようなことなんだなと思うようになります。
同じ屋根の中で生活するわけで、自分中心では進まないし、自分以外の人(家族)に対して自ら尽くさなければならないわけですからね。
まだまだ、うちの子供は、「相手のことを考えて行動する」なんて、できるものではありません。
息子たちが、それぞれ勝手なことを言っても親としてそれを受け入れ、対応していかなければなりませんからね。
でも、自分の子供だから、勝手なことでも、受け入れることが、自然とできるようになるのでしょうね。
これが、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」という黄金律の一番身近な実践なんだなと思います。
そして、その範囲を家族から、隣の人と広げていければいいな〜〜
「大田原だね!っと」で共に活動している、「前室(まえむろ)」のブログにて、
「子供が生まれてからはガラリと変わった、いつでも子供中心に考えるようになる」
とありました。
■結婚し、子供ができると、自由がなくなる
ある考え方からすれば、
「我慢しなければならなくなる」
「行動範囲が狭くなる」
だから、「結婚前、子供が出来る前にやりたいことをやっておけ」
といわれることが多いですよね。
■でも、考え方を変えると「人に尽くす」ことを覚えるということだと思うのです
子育てをするようになると、人間的に成長するんだろうなと思います。
子供と接していると、「人に尽くす」とは、このようなことなんだなと思うようになります。
同じ屋根の中で生活するわけで、自分中心では進まないし、自分以外の人(家族)に対して自ら尽くさなければならないわけですからね。
まだまだ、うちの子供は、「相手のことを考えて行動する」なんて、できるものではありません。
息子たちが、それぞれ勝手なことを言っても親としてそれを受け入れ、対応していかなければなりませんからね。
でも、自分の子供だから、勝手なことでも、受け入れることが、自然とできるようになるのでしょうね。
これが、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」という黄金律の一番身近な実践なんだなと思います。
そして、その範囲を家族から、隣の人と広げていければいいな〜〜
「子供が生まれてからはガラリと変わった、いつでも子供中心に考えるようになる」
とありました。
■結婚し、子供ができると、自由がなくなる
ある考え方からすれば、
「我慢しなければならなくなる」
「行動範囲が狭くなる」
だから、「結婚前、子供が出来る前にやりたいことをやっておけ」
といわれることが多いですよね。
■でも、考え方を変えると「人に尽くす」ことを覚えるということだと思うのです
子育てをするようになると、人間的に成長するんだろうなと思います。
子供と接していると、「人に尽くす」とは、このようなことなんだなと思うようになります。
同じ屋根の中で生活するわけで、自分中心では進まないし、自分以外の人(家族)に対して自ら尽くさなければならないわけですからね。
まだまだ、うちの子供は、「相手のことを考えて行動する」なんて、できるものではありません。
息子たちが、それぞれ勝手なことを言っても親としてそれを受け入れ、対応していかなければなりませんからね。
でも、自分の子供だから、勝手なことでも、受け入れることが、自然とできるようになるのでしょうね。
これが、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」という黄金律の一番身近な実践なんだなと思います。
そして、その範囲を家族から、隣の人と広げていければいいな〜〜
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、互いに重荷を負ってです
聖書箇所: ガラテヤ人への手紙6:1〜10 です
■自分を立派だと思ってしまう
「だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。おのおの自分の行いをよく調べてみなさい。そうすれば、誇れると思ったことも、ただ自分だけの誇りで、ほかの人に対して誇れることではないでしょう。」
ふと思ったときに、自分を誇っている、他の人よりも立派であるように思っている自分がいる時があります。
自分を普通に見ても、人より優れているわけでもなく、人に誇れるような人間でもないのにです。それでも、「私は、××さんよりはいい人だよな」と思っているのです。
これは、「自分に自信を持つ」とは違うことですね。
■全ての人は同様に高価で尊い
聖書では、神様からすれば、どの人も「どんぐりの背比べ」状態で、同じく高価な存在だといっています。
一人一人に、神様が考える、その人にあったものが与えられているのです。どの人がより立派であるとか、どの人がより価値があるとか、というものはないのです。
全ての人は神様から見れば高価で尊い存在です。だから、人は、他人に対して大切に接していく必要があるのです。
神様から高価で尊いと思われている自分に自信を持ち、周りの人に対して感謝して生きていく、これがクリスチャンだと思うのです。
■自分を誇らない
「人より、勉強した」とか、「人より努力した」とか、「人よりもいいことをした」などと自分で思い、それを誇るのではなく、素直に人を尊敬し、仕えていく、そんな人になっていきたいと思う一時でした。
■本日は父の日ですよね
教会で日曜学校の子供たちからこんなものをもらいました。
かわいらしいでしょ!!

本日のタイトルは、互いに重荷を負ってです
聖書箇所: ガラテヤ人への手紙6:1〜10 です
■自分を立派だと思ってしまう
「だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。おのおの自分の行いをよく調べてみなさい。そうすれば、誇れると思ったことも、ただ自分だけの誇りで、ほかの人に対して誇れることではないでしょう。」
ふと思ったときに、自分を誇っている、他の人よりも立派であるように思っている自分がいる時があります。
自分を普通に見ても、人より優れているわけでもなく、人に誇れるような人間でもないのにです。それでも、「私は、××さんよりはいい人だよな」と思っているのです。
これは、「自分に自信を持つ」とは違うことですね。
■全ての人は同様に高価で尊い
聖書では、神様からすれば、どの人も「どんぐりの背比べ」状態で、同じく高価な存在だといっています。
一人一人に、神様が考える、その人にあったものが与えられているのです。どの人がより立派であるとか、どの人がより価値があるとか、というものはないのです。
全ての人は神様から見れば高価で尊い存在です。だから、人は、他人に対して大切に接していく必要があるのです。
神様から高価で尊いと思われている自分に自信を持ち、周りの人に対して感謝して生きていく、これがクリスチャンだと思うのです。
■自分を誇らない
「人より、勉強した」とか、「人より努力した」とか、「人よりもいいことをした」などと自分で思い、それを誇るのではなく、素直に人を尊敬し、仕えていく、そんな人になっていきたいと思う一時でした。
■本日は父の日ですよね
教会で日曜学校の子供たちからこんなものをもらいました。
かわいらしいでしょ!!

「大田原だね!っと」のメンバーの「那須住宅」さんのブログ記事に、
「それぞれのお施主様に、様々なカタチのベストを尽くすこと。
ナンバーワンが必ず一番ではないこと。
あらためて、もう一度考えてみた。」
とありました。そうですね、
「ナンバーワン」
「一般的に、こうあるべきこと」
がお客さんにとって、一番ではないことが多々ありますよね。
お客様にとって、何が一番かを考える、大切なことだと思います。
■でも、実はできそうで、なかなか難しいことだと思うのです
プロ意識というものがあると特にそうではないかと思います。
「こんなものをつけたら便利ですよ。これも必要ではないかと思います。」など、いろいろと知っているプロからすればいろいろと助言もしたくなります。
プロであり、お客様も提案を期待しているのであるから、これはこれで、正しいと思うのです。
お客様にとってベストと思われることを提案する、これはプロにとって必要なことだと思います。
でも、それが強すぎると、「こうあるべきだ」が先行し、お客様が望んでいないものまで、「押し付けてしまう」こともあります。
お客様は、「プロがいうのだからね。きっといいことなのだろうね」、と受け入れてくれる分には、いいのですが、お客様の思いからはずれてくると、表面上は受け入れてくれているような顔をしながら、拒絶している、なんてことがあるのではないかと思います。
■相手をしっかりと受け入れる
自分の考えばかりでなく、相手を受け入れる、相手の立場にたち、相手の思いを実現する。
「本当は、お客様は何を望んでいるのか」を考える。
相手を受け入れるというのは、このようなお客さんへの提案時点でも必要なことなのだなと、しっかりと気をつけていかなければならないなと、思った次第です。
「それぞれのお施主様に、様々なカタチのベストを尽くすこと。
ナンバーワンが必ず一番ではないこと。
あらためて、もう一度考えてみた。」
とありました。そうですね、
「ナンバーワン」
「一般的に、こうあるべきこと」
がお客さんにとって、一番ではないことが多々ありますよね。
お客様にとって、何が一番かを考える、大切なことだと思います。
■でも、実はできそうで、なかなか難しいことだと思うのです
プロ意識というものがあると特にそうではないかと思います。
「こんなものをつけたら便利ですよ。これも必要ではないかと思います。」など、いろいろと知っているプロからすればいろいろと助言もしたくなります。
プロであり、お客様も提案を期待しているのであるから、これはこれで、正しいと思うのです。
お客様にとってベストと思われることを提案する、これはプロにとって必要なことだと思います。
でも、それが強すぎると、「こうあるべきだ」が先行し、お客様が望んでいないものまで、「押し付けてしまう」こともあります。
お客様は、「プロがいうのだからね。きっといいことなのだろうね」、と受け入れてくれる分には、いいのですが、お客様の思いからはずれてくると、表面上は受け入れてくれているような顔をしながら、拒絶している、なんてことがあるのではないかと思います。
■相手をしっかりと受け入れる
自分の考えばかりでなく、相手を受け入れる、相手の立場にたち、相手の思いを実現する。
「本当は、お客様は何を望んでいるのか」を考える。
相手を受け入れるというのは、このようなお客さんへの提案時点でも必要なことなのだなと、しっかりと気をつけていかなければならないなと、思った次第です。
「大田原だね!っと」の今週のテーマは
「仕事で愛用しているこだわりの逸品」です。
■ということで、こだわりの逸品は、
「モバイルギア(小型のコンピュータ)」

これは、私にとって、無くてはならいものです。
まさに、「仕事で使っており、使いやすく、これでないと駄目な、長年愛用しているものです」
初代モバイルギアは13年程前に購入しました。
思ったときにすぐにメモをとれるようにと長年探しており、やっと発売されたということで、すぐに購入したのを覚えています。
■一番上の黒いモバイルギアは、海外の放浪をした際(10年ほど前)に持参し、当時、遠距離恋愛をしていた妻に対して、毎日日記を書いていたのを思い出します。
放浪の旅を終え、藤沼会計事務所に勤め始め、しばらくは、使っていました。
その後、水色のモバイルギアを使うようになり、現在白いモバイルギアとなっています。
銀色のモバイルギアは、キーボードがちょっと小さいのですが、教会の礼拝や、散歩にて持ち歩き、思いついたことをメモしたりしています。
■このシリーズは、もう製造中止となっており、中古で購入せざるを得ない状態となっています。
私にとって、このキーボードの大きさは、どんなパソコンよりも使いやすいものであり、これが壊れたら困りますね。
この文章を書いている内に壊れたら困るなと思い、早速オークションにて入札しました。落札できたらいいな!!
「仕事で愛用しているこだわりの逸品」です。
■ということで、こだわりの逸品は、
「モバイルギア(小型のコンピュータ)」

これは、私にとって、無くてはならいものです。
まさに、「仕事で使っており、使いやすく、これでないと駄目な、長年愛用しているものです」
初代モバイルギアは13年程前に購入しました。
思ったときにすぐにメモをとれるようにと長年探しており、やっと発売されたということで、すぐに購入したのを覚えています。
■一番上の黒いモバイルギアは、海外の放浪をした際(10年ほど前)に持参し、当時、遠距離恋愛をしていた妻に対して、毎日日記を書いていたのを思い出します。
放浪の旅を終え、藤沼会計事務所に勤め始め、しばらくは、使っていました。
その後、水色のモバイルギアを使うようになり、現在白いモバイルギアとなっています。
銀色のモバイルギアは、キーボードがちょっと小さいのですが、教会の礼拝や、散歩にて持ち歩き、思いついたことをメモしたりしています。
■このシリーズは、もう製造中止となっており、中古で購入せざるを得ない状態となっています。
私にとって、このキーボードの大きさは、どんなパソコンよりも使いやすいものであり、これが壊れたら困りますね。
この文章を書いている内に壊れたら困るなと思い、早速オークションにて入札しました。落札できたらいいな!!
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、「御霊によって歩みなさい」
聖書箇所: ガラテヤ人への手紙5:16-26 です
■人を愛することができたらいいと思いませんか
聖書は、神を愛しなさい、そして、隣の人を愛しなさいといっています。
私たち人間は、神を愛するため、人を愛するために生まれてきたと聖書に書かれています。
また、普通に考えても人を愛することができたらすばらしいと思いませんか。
私も、もっともっと人を愛していきたいと思っています。
■人を愛するということ
人を愛するということは、どういうことかを妻と遠距離恋愛をしている時に気がつきました。
http://b.yoshih.com/?eid=173537
聖書に、愛について書かれている箇所があります。
その箇所を読んでいたときに、妻にならこのことが言えると思い、手紙を書き、結婚し、現在に至ります。
でも、人を愛するって、難しいですよね。
子供たちにも、「人を自分のように愛する子になってほしい」と日々祈っていますが、自分が人を愛せているかというと、疑問に思います。
■では、どうしたら隣人(隣の人)を愛することができるのか
本日のメッセージで、次のことが言われていました。
「自分の力では隣人を愛することはできないが、御霊に満たされ、御霊によって歩むことによって隣人を愛することができる」
御霊とは、神様から送られてくる霊なのですが、つまり、神様の力がなければ人を愛することができないということです。
日々、神様に祈り、願い、人を愛することができるようにしてもらうということが大切だということでした。
■なるほど、「人間自分の力では、人を真に愛することができないのか」
と気がつきました。
確かに、私は、人を愛さなければならない、人を愛したいと思って、自分の力でどうすれば人を愛することができるかと悩んでいました。
人一人では、人を愛することはできない!!
神様の力がなければ人は愛することができないと本日、学ぶことができ、日々、人を愛することができる人間にしてくださいと祈ることとしました。
人を真に愛することができたらどんなに素晴らしいことでしょうね!!
本日のタイトルは、「御霊によって歩みなさい」
聖書箇所: ガラテヤ人への手紙5:16-26 です
■人を愛することができたらいいと思いませんか
聖書は、神を愛しなさい、そして、隣の人を愛しなさいといっています。
私たち人間は、神を愛するため、人を愛するために生まれてきたと聖書に書かれています。
また、普通に考えても人を愛することができたらすばらしいと思いませんか。
私も、もっともっと人を愛していきたいと思っています。
■人を愛するということ
人を愛するということは、どういうことかを妻と遠距離恋愛をしている時に気がつきました。
http://b.yoshih.com/?eid=173537
聖書に、愛について書かれている箇所があります。
その箇所を読んでいたときに、妻にならこのことが言えると思い、手紙を書き、結婚し、現在に至ります。
でも、人を愛するって、難しいですよね。
子供たちにも、「人を自分のように愛する子になってほしい」と日々祈っていますが、自分が人を愛せているかというと、疑問に思います。
■では、どうしたら隣人(隣の人)を愛することができるのか
本日のメッセージで、次のことが言われていました。
「自分の力では隣人を愛することはできないが、御霊に満たされ、御霊によって歩むことによって隣人を愛することができる」
御霊とは、神様から送られてくる霊なのですが、つまり、神様の力がなければ人を愛することができないということです。
日々、神様に祈り、願い、人を愛することができるようにしてもらうということが大切だということでした。
■なるほど、「人間自分の力では、人を真に愛することができないのか」
と気がつきました。
確かに、私は、人を愛さなければならない、人を愛したいと思って、自分の力でどうすれば人を愛することができるかと悩んでいました。
人一人では、人を愛することはできない!!
神様の力がなければ人は愛することができないと本日、学ぶことができ、日々、人を愛することができる人間にしてくださいと祈ることとしました。
人を真に愛することができたらどんなに素晴らしいことでしょうね!!
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
■たくさんの良いことをして良い人になり、自分の心を満足させる
通常、このようなことは分かりやすいと思います。
幸せになるために、自分の心が満足するためには、人に良いことをする。
一度しかない人生だから人のために尽くす。
そして、天国に行くために、良いことをする。
確かにいいことだと思います。
いいことをすると自分は、満足すると思います。
多くの人生の経験者、先輩がいうのであるから、そうなのだろうとも思います。
しかし、本当なのだろうかとも思うのです。
■クリスチャンになると、考え方が変わります
クリスチャンである、私は、我々人間を作ったのは、創造主である神であると信じます。
そして、その創造主の言葉が聖書であると信じます。
聖書を通して、創造主が、全ての人を愛していると言っています。
そして、人を愛しなさいといっています。
そして、人に尽くしなさいといっています。
だから、人のために働く、奉仕をするのです。
まず、創造主からの一方的な愛が全ての人間に与えられる。
だから、人を愛す、人に仕えるのです。
■創造主に愛されているから自分のように人を愛する
人生の先輩が言うのも正しいと思いますが、絶対者である、創造主が愛しているといっている。だから、人を愛すことができるのです。
ただ、そんなことを言っても、なかなかできるものではありません。
自分のように人を愛するというのは、難しいものです。
でも、本当に人を自分のことのように愛することができたら、本当に満足するのだろうなと思います。
もっともっと人を好きになりたい、そう思った一時でした。
■たくさんの良いことをして良い人になり、自分の心を満足させる
通常、このようなことは分かりやすいと思います。
幸せになるために、自分の心が満足するためには、人に良いことをする。
一度しかない人生だから人のために尽くす。
そして、天国に行くために、良いことをする。
確かにいいことだと思います。
いいことをすると自分は、満足すると思います。
多くの人生の経験者、先輩がいうのであるから、そうなのだろうとも思います。
しかし、本当なのだろうかとも思うのです。
■クリスチャンになると、考え方が変わります
クリスチャンである、私は、我々人間を作ったのは、創造主である神であると信じます。
そして、その創造主の言葉が聖書であると信じます。
聖書を通して、創造主が、全ての人を愛していると言っています。
そして、人を愛しなさいといっています。
そして、人に尽くしなさいといっています。
だから、人のために働く、奉仕をするのです。
まず、創造主からの一方的な愛が全ての人間に与えられる。
だから、人を愛す、人に仕えるのです。
■創造主に愛されているから自分のように人を愛する
人生の先輩が言うのも正しいと思いますが、絶対者である、創造主が愛しているといっている。だから、人を愛すことができるのです。
ただ、そんなことを言っても、なかなかできるものではありません。
自分のように人を愛するというのは、難しいものです。
でも、本当に人を自分のことのように愛することができたら、本当に満足するのだろうなと思います。
もっともっと人を好きになりたい、そう思った一時でした。
■やくざがクリスチャンになった
「仁義なき戦い」という映画がありました。そのモデルとなった吉田さんの話を聞きました。
当事務所で行われている「聖書を聞く会」の中でも何度も出てくる方です。
吉田さんは25年間まじめに悪いこと(やくざ)をしていて、やくざの中のやくざだったのですが、ある日変えられ、クリスチャンになったのです。
表情からは、本当に昔やくざだったとは想像もつきません。
■神様はそれぞれを用いられる
そんな吉田さんは、やくざや、売春婦、刑務所に入る人などから受け入れやすいということでした。
そして、吉田さんが行ってイエスキリストについて話すと、それらの多くの人が心を開き、クリスチャンになっていくというのです。
昔やくざだった吉田さんには、このような人たちの気持ちが分かるというのです。
どんな人も用いてくれる、それが神様です。
すべて、神様の計画があり、みんな用いられます。
みんな高価で尊いのです。
私も私にあった用いられ方をするのだろうなと思うのです。
どのように用いられるのでしょうかね。
「仁義なき戦い」という映画がありました。そのモデルとなった吉田さんの話を聞きました。
当事務所で行われている「聖書を聞く会」の中でも何度も出てくる方です。
吉田さんは25年間まじめに悪いこと(やくざ)をしていて、やくざの中のやくざだったのですが、ある日変えられ、クリスチャンになったのです。
表情からは、本当に昔やくざだったとは想像もつきません。
■神様はそれぞれを用いられる
そんな吉田さんは、やくざや、売春婦、刑務所に入る人などから受け入れやすいということでした。
そして、吉田さんが行ってイエスキリストについて話すと、それらの多くの人が心を開き、クリスチャンになっていくというのです。
昔やくざだった吉田さんには、このような人たちの気持ちが分かるというのです。
どんな人も用いてくれる、それが神様です。
すべて、神様の計画があり、みんな用いられます。
みんな高価で尊いのです。
私も私にあった用いられ方をするのだろうなと思うのです。
どのように用いられるのでしょうかね。
■相手にしてあげる
「相手にしてあげる」「あなたに××をしてあげるね」ということを言うことがあります。
私は、この表現に対して違和感を覚えるのです。
ちょっと高慢な表現ではないかと思うのです。
私の偏見があるかもしれませんが・・・
■××させてもらう
「××をしてあげる」ではなく、「××をさせてもらう」という立場がいいなと思います。
もしくは、「××しておくね」などの表現をする、これがいいのかなと思っています。
■だっこさせて
子供にも、「だっこしてあげる」ではなく、「だっこさせて」と言います。
そして、だっこさせてもらい、「ありがとう」と言います。
「してあげる」のではなく、「させてもらう」このような立場を取りたいものです。
「相手にしてあげる」「あなたに××をしてあげるね」ということを言うことがあります。
私は、この表現に対して違和感を覚えるのです。
ちょっと高慢な表現ではないかと思うのです。
私の偏見があるかもしれませんが・・・
■××させてもらう
「××をしてあげる」ではなく、「××をさせてもらう」という立場がいいなと思います。
もしくは、「××しておくね」などの表現をする、これがいいのかなと思っています。
■だっこさせて
子供にも、「だっこしてあげる」ではなく、「だっこさせて」と言います。
そして、だっこさせてもらい、「ありがとう」と言います。
「してあげる」のではなく、「させてもらう」このような立場を取りたいものです。
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