栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

「とうがらし」への熱い思い

■先日の「大田原だね!っと」の勉強会の後とうがらしへの熱い思いを聞くことができました。

話を聞いたのは、「与一くん?」です。

数年前から栃木県の大田原を「とうがらし」の街へとするために、日々がんばっているということでした。

いろいろと考え、計画し、今に至り、現在、計画も着々と進み、「早く全国へ知ってもらいが、もう少しかかります。今はまだ準備の段階ですね」などと話しておられました。

その語っている姿がとてもうれしそうで、こちらもうれしくなってしまいました。

興味のある方は、
大田原市観光協会のブログを見てみてください。
近況が見られます。

■このような話を聞くとウキウキしてしまいます。
人が目標を持ち、夢を持ち、それを語っている姿を見るとうれしくなります。

皆さんも、自分の夢をどんどん語ってほしいと思います。
私の活動している、「大田原だね!っと」はそのような集まりです。

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県内の唯一のサービス(靴のイシド)(2)

■シューフィットを行っているのは、ここ近隣(栃木県はもちろんのこと、近県も含む)で「靴のイシド」のみです
この話を聞き、感動してしまいました。
ここ大田原にこんな素晴らしい、お店が存在していたとは・・・。
(まだまだ他にこのようなすばらしいお店はたくさんあると思うのですが、私があまり知らないものですから。)

さらに、このシューフィットのサービスを聞くと、ぜひ、シューフィットをしてもらいたいと思ってしまいます。ぜひ、お話を伺うといいと思いますよ。

■4代目さんは、最近戻られてきたそうですが、こんなすばらしいお店を引き継ぐことができるなんていいなと思います。

もっともっとこのお店のことを知ってもらい、大田原の人々に、栃木県の、関東の人に利用してもらえたらと思います。

そのためにも、4代目さんのブログ「大田原だね!っと」が活用されたらいいなと思います。

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「自分の力を信じる」「神に頼る」

本日も大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日のタイトルは、『福音の真理が保たれるために』です。

■がんばり、自分の力を信じ成長していく
自分を磨き、自分の力で成長していく。
このように聞くととても魅力的に聞こえると思います。

人は、何事も挑戦していくような、自分の力で切り開いていくことに魅力を感じます。

他人の力に頼るなんて、神頼みをするなんて、弱い人間がすることだ。
他人に頼らず、まずは、自分でやってみなさい。

そして、キリスト教に触れるとそのように思う人も多くいます。
他人の力に頼るな。自分を信じろ。
神の力に頼るなんてそんなことはやめろ!と。

多くの人がそのようなことをいいます。
そして、私もクリスチャンになる前まではそのように考えていました。
「自分を信じろ、自分の力を磨け、自分でまずはやってみろ!」とね。

■クリスチャンは違います。
クリスチャンは、まずは、神に頼る。ここから始まるのです。
神様助けてください。ここから始まります。
そして、神様が道を開いてくれると信じています。

でも誤解しないでください。
自分は何もしないということではありません。
はじめの一歩が違うということを言っているのです。
はじめに神ありき、それがクリスチャンの思考なのです。
神様が求めていることは何かを考えるのです。

「自分だけを信じる」ということは、「神を信じない」ということです。
神なんていない、神よりも自分を信じるということです。
神の存在を否定し、自分を中心に生きる生き方です。
このことを神は好んでいないのです。

■イエスキリストに巡りあったときに、本当の自由、解放を体験する
イエスキリストにより頼み、イエスキリストを中心にしていなければ自分の置かれている状況に感謝ができません。
自分一人で目標を達成するのは魅力的に思われるかもしれないが、イエスキリストに立たなければ虚しくなるのです。
何のために努力しているのかが分からなくなるのですから。

クリスチャンは、「神が求めている」だから、そのようにすると考えます。
我々を創ってくれた創造主が望んでいるから、そのようにすると考えます。
創造主が望んでいること、それが私たちの生きる目的なのです。
なぜ生きているか、創造主が私たちを愛していてくれるから、創造主が、私たちに生きていてほしいから生きるのです。

そして、創造主が望んでいるから努力し、日々向上しようと考えるのです。
クリスチャンの思考をわかっていただけたでしょうか?

ふとすると、私も、「自分で、がんばって、成長しなければならない、それは自分のためだから」と考えてしまいます。

人はそのように考える風潮があるのでしょう。

でも、真理は、「創造主が望んでいるから」です。
私もこの考えの上に立ち、成長していきたいと思います。

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県内の唯一のサービス(靴のイシド)(1)

皆さん知っていました?
大田原にまさにオンリーワン企業というべきお店がありました。
そして、そのお店がなんと「大田原だね!っと」のメンバーになっているのです。
本日は、そのお店に家族で遊びに行き、話を聞き、感動して帰ってきました。
そのお店の名前は、「靴のイシド」さんです。

■シューフィットを行っています。
お店に入ると女性(社長の奥様)が立っていました。
「何かお探しですか?」の声に「なんとなく入ってきました」との応答をしました。
そして、お店のことを少しずつ話してくれました。

なんとも落ち着きのある、やさしそうな、話しやすそうな雰囲気を持ち、話していてとても心地よく感じる方でした。
フラッとお店に立ち寄っても嫌な感じがしないお店だなと思いました。

シューフィットの説明をしてもらい、シューフィットの素晴らしさを理解することができました。

ということで、この方が奥様です。
靴のイシドの奥様


■妻と奥様とで話していました。
奥様には、その後、妻と話していただき、妻もここ「靴のイシド」の大ファンになってしまいました。

妻の母は外反母趾であるということで、今度連れてきたいといっていまいした。
また、妻の父は仕事の関係上、たくさん歩くので、いつかここの靴をプレゼントしたいといっていました。

父の日、母の日のプレゼントに、「靴のイシド」に連れてきてあげるのもいいなと思います。

素晴らしい貴重なプレゼントになると思いますよ。

ということで、本日は「靴のイシド」の紹介でした。

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「大田原だね!っと」での熱い思い

「大田原だね!っと」メンバーの俵寿司さんの記事に「大田原だね!っと」について書かかれました。
強く強く励まされました。


■更新の頻度に差がありますね。
>最近の「大田原だね!っと」を見ていると、更新の頻度の幅がかなりあるように感じます。

私もそのように思います。
更新の頻度に幅がありますよね。

でも、別の見方をすると、
半分程度のメンバーが何らかの更新を行っているので、いい感じだな
という見方もできると思います。
22のブログサイト中
1週間以内更新:11人
2週間以内更新:14人
3週間以内更新:16人

ただ、これでは、「大田原だね!っと」の活動が広まらないなと思います。

■熱い思いが感じられない
たわら三代目さんが言うように、熱い思いが伝わっていないとも思います。もっともっと自分のお店、自分の人生に熱くなってほしいと思います。

そんな熱い思いをもった人の集まりにしたいという「思い」から「大田原だね!っと」を始めたのです。

「自分の考え、自分のしていること、自分のお店のこと、どんどん熱く語ってほしい」そんな思いから始めたのです。

毎日「熱く」なるのは難しいかもしれませんが、そうでなければ人生楽しくないですからね。

まずは、熱くなってほしい、次にその熱い思いを伝えて欲しい。
結果的にそのようなお店に、そのような人に、人が集まってくるのだと思います。

もっと自分のやっていることに熱くなりましょう、そしてその熱い思いを表現しましょう。

■表現できない人もいるだろうなとも思います。
熱い思いを表現するのが苦手な人もいるのだろうなとも思います。
苦手意識を持っていてそのままでは何も進まないというのも理解できます。

ただ、「大田原だね!っと」に賛同してくれたメンバーは少なくとも、「がんばらなければ」と思って賛同してくれた人たちです。

少しずつ広まっていくものと思っています。

みんな少しずつがんばっていきましょう。

「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」

まずは、自分がしてほしいこと、自分がしたほうがいいと思うことを根気よく実践していこうと思います。
そうすれば、共感してきた人が自然とついてきてくれると思っています。

■気を引き締めようと思います。
私も、もっと「大田原だね!っと」を盛り上げていかなければならないなと気を引き締められた記事でした。

たわら三代目さん、記事の投稿ありがとうございました。
強く、強く励まされました。

一緒にがんばっていきましょう。

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もっと地球環境を考えなければ(富良野自然塾)

先日テレビを見ていたら
倉本聰さんが出演し、富良野自然塾のことを紹介していました。

富良野自然塾
(http://furano-shizenjuku.yosanet.com/index.html)


■もっともっと地球環境のことを考えなければいけないと考えさせられました。
地球がなくなったらお金儲けもなにもなくなってしまうのですからね。
「今の生活を維持していくのが精一杯で、自分以外のこと、地球環境のことまで取り組んでいくことができない」というのもわかります。
実際に私もそう考えてしまいますからね。

■でも、一歩下がって考えてみると、
地球がなくなり、酸素がなくなったら今の生活も何もなくなるのですからね。

「今の生活を送るので精一杯で、環境問題なんて取り組んでいられない」
というのではなく、

「地球環境保全への取り組みのことで精一杯で、自分の生活のことなんて取り組んでいられない」

というのが本来の姿なんでしょうね。
自分が生きていくためには、地球環境が安定していなければならないのですからね。

■地球環境が安定しているということが当たり前になってしまい、壊れるなんて考えてもいなかったから、当たり前になってしまっているからこんな発想になるのでしょうね。

自分中心にしか考えられないとこのような考えになってしまうのでしょうね。
地球環境保全なんて誰か他の人がやってくれると思っているところに問題があるのでしょう。

地球環境について自分の問題として考えられないところに問題があるのだと思います。

もっと地球環境について意識を持たなければならないなと考えた一時でした。

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教会で歌を歌いました。

■本日はイースターです。
イエスキリストが復活したことを祝う日です。
先週、急遽、何人か集まってイースターの日(本日)に特別賛美をしようということとなりました。

「萩原さん一緒に歌いましょう!」先週お誘いしてもらい、いつも歌っている歌の題名だったので、「いいですよ」と軽く返事をしました。

練習の時間にないr、集まると、なんと知らない歌(私の知っている歌と同じタイトルで別の歌だったのです)、音程もものすごく高い、男性は私一人だけ。

「歌えるのかな」と思いながら、歌ってみると、なんとか声も出たような気になり、気持ちよく歌うことができました。

■そして、これが当日の写真です。

イースター特別賛美


気持ちよく歌っていますでしょ。かなり高い音程でしたが、気持ちよく歌うことができました。神様感謝です。

■「見ないで信じる者は幸いです」
本日のメッセージに、
「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる者は幸いです。」
そうなんです。見ないで信じる者は幸いなのです。

「形がないと信じられない、見ないと信じられない、証拠がないと信じられない」とよく言いますし、私もそう思うことが多々あります。

でも、聖書はいいます。「見ないで信じる者は幸いです」。イエスキリストの復活を見ないで信じるものは幸いなのです。

■見えるものには、必ず欠陥があります。人によって見方が異なるのですから仕方がないことです。

完全なものは、見えないのでしょうね。
神様という完全なものは見えないのだと思います。
見えてしまったら、完全ではなくなるのだと思います。

ということで、真理というものは、「目に見えないものであるな、真理を見ないで信じるのは幸いなんだ」と思った一時でした。

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住んでいる地域はみんなのもの

■昨日訪問させていただいたお客さんと話していたら、
「他人の敷地でも、ゴミがあったら拾ってしまう」ということを言っていました。
「他人の敷地でも、自分の住んでいる地域が汚いのはきもちが悪い」というのです。

その時、「あっ」と思ったのです。
「私は」、というと、
「他人の敷地は他人の敷地であり、余計なことをしても悪いから、ほうっておこう」と考えていました。

でも、それって、考えが狭すぎますよね。
他人の敷地だから、自分は関係ないというのは、狭すぎます。
ある意味、自分中心の考え方だなと思うのです。

■「地球規模」いやいやそんなに広くなく、「地域規模」で考えたら、自分の敷地、他人の敷地というよりも、住んでいるみんなの敷地ですものね。

みんなで住んでいる地域をきれいにするというのは、「地球、地域を大切にする」という大きな考えからすれば当然のことなんですよね。

「もっと大きな視点から考えなければいけないな」、
これも「人にしてほしいこと、人がしてほしいこと」だなと思った一時でした。

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「もしも10万円が手元にあったらあなたならどうする?」

「大田原だね!っと」の今週のテーマについてです。

■今週のテーマを妻と話しました。
妻と話したら、こんなのが出てきました。

1.近くの旅館に家族4人で泊まる
 通常泊まることのない、ちょっと高級な旅館に泊まりとまり、ゆっくりとくつろぐかな
 遠距離すると足りなくなるから、近隣の旅館がいいですね。

2.子供のおもちゃを買う
 プラレールを10万円分購入する
 何事も一点集中がいいですね。
 プラレール、レゴブロックなどなど。
 ウルトラマンの人形なんてものいいな。
 自分が楽しんでいたりして・・・。 

ということで、萩原家では、「10万円あったら」家族のことに使うということとなりました。
仲のいい夫婦、家族でしょ!

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人は自分のいいほうに解釈をしたがる

■人は、人にとって、魅力的な要素を加えたがる
大田原キリスト教会の礼拝に参加しました。
本日は、「神からの福音」というタイトルでした。

中でも、「人は、人にとって、魅力的な要素を追加する」ということに、そうだなと思いました。
「こんなことこと本当かな?と思い、この方が理解しやすい」と考えることは多々あるように思います。

人にとって聞いて納得のいくように変えてしまうことは多くあるように思うのです。

■聖書は、何かいいことをしたから、いいことがあるとは言っていません。
でも、人は、「たくさんいいことをしたら、たくさんお金を寄付したら、いいことがある」と言いたく、そのように解釈してしまいます。

このほうが、納得感がありますからね。


■聖書的には、「救われる」のは、神の恵みによるものだけであり、人によるものではないといっています。

自分の力では救われないのですね。
「自分の力で平安を得ようとしても難しいんだな」と考えた時間でした。

「自分を直接信じる」のではなく、「神様に愛されている自分を信じ」ていこうと思います。
そうしたら、気持ちが楽に生きられると思うのです。

全ての人は、神様に愛されている、そして、神様にとって生きている価値があるのですから。

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たこ焼き焼きました

■家でたこ焼き焼きました
妻が友人宅でたこ焼きパーティーをしてもらい、「いいないいな」ということで、先月「電気たこ焼き器」を購入しました。

これが「たこ焼き器」です。

たこ焼き器


大阪では、どの家庭でも「たこ焼き器」があるというらしいです。
本当ですかね?

子供たちも喜んで作るのを手伝いますし、たくさん食べます。
具は、たこ、キムチチーズの二種類を作り、おいしく食べました。

一家に一つの「たこ焼き器」ですね。

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酒蔵に行きました

■昨日は、縁があって、地元大田原(旧湯津上)の酒蔵に行きました。
菊の里酒造」さんです。
製造シーズンが終わり、一息ついているということで、静かでしたが、酒蔵の雰囲気がよかったですね。
事前に連絡をすれば、酒蔵見学できるということでしたから、皆さんも一度行ってみるといいですよ。
大田原の人も、酒蔵見学ってしたことないと思うんですよね。

■1866年創業というから、140年の歴史ということですよね。
社長と息子さんにお話を伺いましたが、社長が7代目、息子さんが8代目ということでした。

囲炉裏を前にお話をしたのですが、「歴史を肌で感じる」ことができました。

■歴史を大切にしていると同時に新しいことにチャレンジしている企業でした。
現在新商品を開発中だということでした。

やめてしまう酒蔵も多い中、この「菊の里酒造」さんは、

「新しいお酒を創ろう」
「もっと自分たちのお酒、酒蔵を知ってもらおう」

など、いろいろと新たな取り組みをしているようで、
「がんばっている企業」「元気のある企業」
という感じを受けました。

■特に、「自分たちのお酒をしっかり理解し、一緒にがんばっていこうというお店にしか卸さない」というところに、企業のがんばり度合い、こだわりを感じました。

自分の仕事に誇りを持っているのだな、自信を持っているのだなと感じた一時でした。

大田原住民として、がんばってほしいなと思います。

菊の里酒造様、ありがとうございました。

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聖書を学ぶと考え方が変わる

■聖書を学ぶとどう変わるか
それは、自分のためでなく、神が与えた使命のために働くようになる
すると、人のため、社会貢献のために働くという考えに変わる
By「バイブルに見るビジネスの黄金律」

バイブルに見るビジネスの黄金律―一線で働くクリスチャンビジネスパーソン20人の証言
バイブルに見るビジネスの黄金律―一線で働くクリスチャンビジネスパーソン20人の証言

最近読んだ本の中からの学んだことです。

■人のために行動する、難しいことです。
つい自分に対する損得を考えてしまいます。

「まずは、人のためにしましょう」
「まずは、自分から人に与えましょう」

といっても、返ってこなければ損じゃないか。
多く与えて、少なく戻ってきたら損ではないか。
なんてつい考えてしまいます。

でも、それでは、自分の心は平安にならないし、周りの人も幸せにならないし。悪いことばかりが循環してしまうのも理解できますよね。

みんながみんなこんな考えだったら、誰も何もしないようがいいということになりますからね。

先に与えた人、始めたひとが損をするということですからね。

■そんな中、聖書の考えを学び、信じ、聖書の考えに基づいて行動できれば、自分も周りの人も幸せになれるなと思うのです。

何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」を実践していけば、自分も、周りの人も幸せになれると思うのです。

聖書にはそんな力があるのです。

■この聖書的な考え方の徹底は難しいものです。
自分中心に行動してしまったな、相手のことを考えていなかったなということがほとんどです。

それでも、日々反省し、祈り、自分を変えていく、少しずつ自分を変えていってもらいたいと思い生活しています。

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藤沼哲夫コンサルタント合資会社の看板

■藤沼哲夫コンサルタント合資会社の看板は、
藤沼哲夫、伊藤一嘉、萩原義明です。
つまり、スタッフ全員、一人一人が看板です。

それぞれに持ち味を持ち、それぞれが、藤沼哲夫コンサルタント合資会社を背負っています。

■「大田原だね!っと」の今週のテーマは「看板」です。
ということで、今回の記事は、「看板」についてです。

■代表である、藤沼哲夫の人生論、社長論は、大きな看板です。
「経営者の幸福に貢献する」という大きな看板を掲げ、社長を励まし、社員を励ましています。

■伊藤一嘉はまたまた大きな看板です。
熱血経営コンサルタントととして、日々社長と直に接し、励まし、企業の改革、業績向上に励んでいます。
http://fcg.seesaa.net/

■萩原義明も看板です。
ITと経営という視点から日々社長と接し、励まし、企業の改革、業績向上に貢献しようと日々頑張っています。
http://b.yoshih.com/

■どのお店も人が看板ですよね。
社長、店主を頂点に、そこに携わるスタッフ、社員全てが看板だと思います。
一人一人がお店の看板となり、お客様に接していくことが大切です。
その看板に共感し、お店を利用してくれるのですからね。

そうです、一人一人が「看板娘」なのです。

■看板を伝えるには、日々考えていることを見てもらう、そして、そこからの行動を見てもらうことが大切です。
そうでなければ、本当かどうかわかりませんからね。

大田原商工会議所の活動である、「大田原だね!っと」は、店主、スタッフがどんな看板を背負っているのかを確認し、日々伝えあおうというものです。

そして、その看板に共感してくれる人を探そうというものです。

皆さん、自分の看板を日々伝えてください。

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信じるものは救われる

本日は、「大田原キリスト教会」の礼拝に参加しました。

■「信じるだけで救われる
というと、「うそっぽい」という人がいます。
何もしないのに、救われる、何かを与えられるなんて、「うそだ!」というのです。

私も以前はそうでしたし、多くの人がそのように考えるのも当然かなと思います。
「何もしなくても信じるだけでいい」というのは、頑張っている人に対して失礼だと考えますよね。

そして、「信じるだけで救われるのであれば、そんなに努力しなくてもいいでしょ」
「何もしないほうがいいよね」、とも考えてしまいます。

■それでも、聖書は「信じるだけで救われる」といいます。
何かをしなければならないとか、何かいいことをしなければ救われないということはないのです。
「信じるだけ」でいいといっています。

■通常は、何かをしたからその報いとして別のものが与えられると考えますね。
努力したから、名誉が与えられる。
努力しないから、ダメなんだ。

たくさん働いたから、たくさんの報酬が与えられる。
少ししか働かないから、貢献しないから、能力がないから、少ない報酬しか与えられない。

いいことをしたら天国にいける。
悪いことをしたら地獄へ落ちる。
などなど

■でも聖書そうは行っていません。
まずは「イエスキリストを信じること」それだけで、救われると書かれています。

順番が、考え方が異なるのですね。
通常は、
「いいことをする」→「いいこととして自分に戻ってくる」
ですが、

聖書は、
「聖書を信じる」→「いいことをしたくなる」→「いいことをする」

聖書は、信じたら、自然と「神様に感謝をするようになる」
そのため、「努力をするようになる」「たくさん働くようになる」「天国にいける」
といいます。

まずは、信じます。
聖書をそのまま信じ、イエスキリストを信じます。
そして、聖書のいうように、イエスキリストのように生きていきたいと考えています。

結果的に、聖書の言っている
何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」の実践をしていきたいと考えるようになるのです。

私も、実践はなかなか難しいですけど、神様が変えてくれると信じて日々過ごしています。

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昨日、聖書を聞く会開催

■藤沼会計事務所では、2ヶ月に一度、「聖書を聞く会」と称し、聖書を学んでいます。
私がクリスチャンであるということと、私の義理の父が牧師であるということから、私が入所した時から行っています。

■今回の内容は、「科学が進むと聖書の真実性が増す」というものでした。
聖書の一部を書いたとされる、モーセが聖書を書いたBC15世紀には、文字がないと考えられていたというのです。

そのため、聖書には、モーセが書いたと書いているが、それは真実ではないと思われたらしいのです。

しかし、科学が進み、BC1750年ごろにハムラビ法典(学校の歴史で習ったでしょ)ができ、モーセが文字を書くことができたということとなり、聖書の真実性が高まった、ということでした。

科学が進むと聖書が真実の書であるということがどんどん明らかにされるなんて、ちょっと不思議な気がします。

■ユダヤ人は「旧約聖書読むと、毎日の新聞よりも、新鮮に感じる」
ということでした。

確かに、聖書を読んでいると常に新しいことを発見できます。何度読んでも発見することができますね。

何千年も前に書かれた書ですが、何度読んでも新しいことを発見できるとはすばらし書です。

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