栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマンの日記

栃木県大田原に住むクリスチャンビジネスマン、萩原義明が日々考えたこと、行ったことを綴っていきます。

まず、自ら人に「与える」

■まず、自ら人に与える
このようにいうと、
「先に与えた自分が損するかもしれないではないか」
「裕福な人が与えるのであればいいと思うが、そうでなければ、自ら与えるなんて考えられないよね」
との答えをする方がいます。

確かに、与えるだけ与えて、何も見返りがなければ損しいるように思えてしまうかもしれません。

しかし、見返りばかり求めていたのでは、寂しいではありませんか。
「見返りがなければ行わない」では何も進みません。
みんながみんなそんなことを考えたら何もできませんからね。

■「自ら与える」ということは、見返りを求めない
つまり損をするのが当たり前ということです。

みんなが損をする、そうすれば結果的にみんなが得をしていたということですね。

みんなが周りのことを考え、気にかけ、自ら与えていく、そんな世の中になればいいなと思います。

「大田原だね!っと」はそんな活動にしたい
誰かが喜ぶだろうことを自ら率先して行っていきたい、与えていきたい。「大田原だね!っと」はそんな集まりになればいいなと思います。

お客さんを含めた周りの人たちが喜ぶように、まずは、自ら与えていく。そんな集まりになったら、結果的に大田原がいい街になっていくのだろうなと思います。

■「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる
聖書(ルカによる福音書6章 38節)より

「与えなさい」とは、聖書にかかれている言葉でもあります。

誰も見ていないと思っていても、実は自分の行ったことを認めてくれる。そして、それは、創造主である神であると考えるのがクリスチャンです。

誰のためでもない、創造主である神様のために行う。これがクリスチャンです。神様がまずは、「与えなさい」と命じている、だから「与える」のです。

■自ら与えるというのは難しい
とは言うものの、自ら、見返りを求めず与えるというのは、難しいことです。
でも、そんなことが自然とできる人になりたい。
そう思って日々過ごしています。

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こんな「思い、考え」で活動しています

■お店を見ていて思うのですが、『知らない人がたくさんいるよ、もっと外にアピールしたらいいのに』

またまた思うのです、『「お店の、店主の」「思い、考え」を知ったら、そのお店に行こうと思うのに。』

そして、『IT、インターネットという「簡単に、低コストで、広範囲に情報を発信できる」すばらしい仕組みができたのだからもっと活用したらいいのに。』

■お店がもっと外にアピールし、お店の、店主の、従業員の「思い、考え」を伝えてほしい。

そうすれば、そこに住んでいる人も、その「思い、考え」に合ったお店を見つけることができるのに。

そんな「思い、考え」で、活動しています。

■そして、私、萩原は、「お店が、店主が、従業員が」、「人々に」「思い、考え」を伝えるお手伝いをしています。

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人は人から存在を認められたい

人々からしてほしいと望むこと」とはなんでしょうか。

いろいろと考えていくと、
何よりも「人は認めてもらいたい」ということを考えているのではないかと思うのです。

人から認めてもらいたい」ということを人は何よりも望んでおり、私もそうなんだなと思います。

「認めてもらう」といっても必ずしも「いいこと」をして褒められる、ということだけではありません。

とにかく、「存在を認めて欲しい、気にしてほしい」のではないでしょうか?

どうですか、いろいろと考えるとそうではありませんか?

だから「お客さんに個別に手紙をだそう」とか、手書きがいいのだとかいうことが言われているのです。

そして、私もそのようにしてほしいと思っているのです。だから、「私も自らまず、人々の存在そのものを認め、受け入れることを行う」
このように思います。

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黄金律の実践

黄金律とは、
何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。
といい、キリスト教の聖書、マタイによる福音書7章12節に記されています。

これは、「自分が人にしてほしいことを、まずは、自分から進んで人にしなさい。」ということなんです。

なかなか実践するには難しいことですが、こうありたいと思って生活し、日々の仕事をしています。

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